
アレンの他の作品と比べてずば抜けた良さを感じない。中途半端に堅苦しく暗く、神と良心について語るセリフが上滑りになってこちらの胸に響いてこない。ウディ・アレンに期待するものがこの映画では全開していないのだ。だから不満が残る。
持てる男は全てを得、持たざる男は全てを失う。そのような競争社会を生き抜く小心者のユダヤ人たる自身の姿をまたしても自虐的に描くアレンの作品は、ブラックすぎるユーモアに彩られつつもほとんど笑う場面のないプチ・シリアスもの。近作「マッチポイント」にも似た展開は、この手のテーマがやはりウディ・アレンにとって抜き差しならないものだからだろう。アレンは繰り返し同じテーマでしつこく映画を作る人だ。
物語は、社会的地位を確固としたユダヤ系眼科医が愛人に離婚を迫られ、とうとう彼女の殺害に手を染めるというありがちなお話。直接手を下したわけではないけれど、良心の呵責にさいなまれ、ユダヤの神を畏れる高名な眼科医は自分の「重罪」をどのように昇華させるのだろうか? という、罪と罰もの。
ここで、罪を罰するのはあくまでもユダヤ教の神であることが重要だ。つまりこの映画はユダヤ教徒以外にはさほど我が身にすげ替えて差し迫るものがない(殺人の覚えがある人は除く)。しかし、単にユダヤの神が云々ということを超えて、ウディ・アレンの自己像が強く反映される売れないドキュメンタリー監督の例にもあるように、もっと一般に近代に生きる者の自己実現と上昇志向の宿痾を映しだしているのだ。自己の主張は曲げたくないが、金もほしい。意に沿わない仕事をオファーされたらどうする? いやいやカメラを廻すけれど、おいそれと依頼主の言うことは聞かないぞ、というウディ・アレンの矜持の高さを示す展開だが、結局は依頼主の怒りを買ってお払い箱。これが現実。
まだミア・ファローとすったもんだする前の作品で、彼女も意外と愛らしく美しい。ウディ・アレンの憧れの女性を演じるに相応しい気品と知性を見せている。
劇中劇というか、劇中ドキュメンタリーの中でレヴィー教授が語るユダヤ教の教えは大変興味深いのだが、これを映画の中でインタビュー形式で語られるとどういうわけか魅力が失せる。文字で読んでこそ咀嚼できることってあるのだ。この場面を見るより『私家版ユダヤ文化論』(内田樹著)を読むほうがずっと面白い。レヴィー教授は自殺するのだが、これはプリーモ・レーヴィの自殺のことを指しているのだろうか。(レンタルDVD)
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CRIMES AND MISDEMEANORS
アメリカ、1989年、上映時間 103分
監督・脚本: ウディ・アレン、製作: ロバート・グリーンハット、撮影: スヴェン・ニクヴィスト
出演: ウディ・アレン、マーティン・ランドー、ミア・ファロー、アラン・アルダ、キャロライン・アーロン