吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

2021-01-01から1年間の記事一覧

浜の朝日の嘘つきどもと

こういう映画は面白くないという人が続出することが容易に想像できるのだが、わたしはこの物語の辻褄の合わなさも含めて面白いと思った。何よりも映画館への愛にあふれていて、こういう映画は好きだなあ。 さて、その物語とは。福島県相馬市に実在する映画館…

ミス・マルクス

本作を見る前に、「マルクス・エンゲルス」と「未来を花束にして」を見ておくとわかりやすいだろう。なんの予備知識もなく本作を見ると人間関係が混乱するので、マルクスとエンゲルスの関係や、マルクス一家の家族構成は頭に入れておくことをお勧めする。 か…

モロッコ、彼女たちの朝

女手一つで小学生の娘を育てるパン屋のアブラの店の斜め前に、大きなお腹を抱えた妊婦が座り込んでいる。その妊婦は「仕事が欲しい」と昼間、頼み込んできた女だ。夜になって野宿を始めたその姿が気になって仕方がないアブラは、彼女を渋々招き入れる。これ…

はちどり

青春物語をあまりにも繊細に描き過ぎたので、ものすごく退屈な映画になってしまった。これを見て喜ぶ人はほとんどシネフィルに限定されそうな気がする。わたしは全然退屈しなかったのだが、それはひとえに主人公があまりにも愛らしかったからだ。 主人公は14…

クライシス

劇場未公開作。確かに地味だし、構成がわかりにくいのでそうなったのかもしれないし、コロナ禍のせいかもしれないが、見ごたえのある社会派作品なので映画館でかからなかったのは残念だ。 本作はアメリカで現在、大問題になっている鎮痛剤オピオノイド中毒問…

くじらびと

映画館の大きなスクリーン会場なのに、誰もいない。よもやの一人観客か!と絶句しそうになったところ、予告編の途中でシニア男性が一人入ってきたので、やっと観客は二人になった。 で、これは大スクリーンで見たのが正解の、音響も素晴らしい迫力の作品だっ…

世界で一番ゴッホを描いた男

こんな商売があったとは驚きだ。中国広東省大芬(ダーフェン)は、世界最大の“油画村”と呼ばれ、複製画を描いて海外輸出する業者が多数存在するらしい。業者といっても家族経営みたいなもので、小さな工房で5人ぐらいの画工が油絵の筆を揮っている。天井から…

西部戦線1953

巻頭、「1953年7月」という字幕が映る。え? それって朝鮮戦争停戦時やんか! そう、この映画は停戦直前の最前線で偶然出会った南北朝鮮の兵士の物語。 1953年3月5日にスターリンが急死し、朝鮮戦争が終わると見込んだ投資家たちが株を売ったために一気に日…

バニシング

1900年12月に実際に起きた、灯台守3人失踪事件を元に大胆な推理を働かせて作られた物語。登場人物は限られており、舞台は島の一部だけ、寒風吹きすさぶ北海の荒波、という閉塞感極まる映画に心も凍える。非常によくできた心理サスペンスでもあり、期待せずに…

Summer of 85

警官に連行され、うなだれている美少年。彼は「ある死体に衝撃を受けた」とカメラに向かって独白する。そして、「これから死体が生きていたときの物語を語る」と言う。暗い幕開けの映画なのに、なぜか突然明るくテンポのよい音楽(The Cureの85年のヒット曲…

博士と狂人

イギリス版「舟を編む」(石井裕也監督、2013)。しかし趣は相当に異なる。かのオックスフォード大辞典の編纂過程を追ったものだが、この映画に描かれた事実をわたしはまったく知らなかった。すべてが驚異である。わたしが持っているのはオックスフォード英…

17歳の瞳に映る世界

原題の「NEVER, RARELY, SOMETIMES, ALWAYS」は質問への四択回答を示す。「まったくない、めったにない、時々ある、いつもある」。その四択を選ぶように促す質問は、17歳の少女が直面するには厳しすぎる現実を表出して余りある。 17歳の従妹同士がペンシルベ…

かごの中の瞳

献身は支配の裏返しか。目の見えない美しい妻を支えてきた夫は、妻の目が見えるようになったことを喜べないようになっていく…。 舞台をタイにしたのはなぜなのだろう、と思うのだが、アメリカ映画なのに物語をアジアに設定したために、映像がエキゾチックな…

ミッドウェイ

ローランド・エメリッヒ監督の作品だから、どうせ大がかりなCGとVFXが売りなだけでスカスカな話だろうと思って見ていた。やっぱりその通りだけれど、でも米日両方に目配りが利いた作品なので、そこは感心した。ミッドウェイ戦は真珠湾攻撃への復讐、という基…

ジュリア

劇場公開された当時にわたしは映画館で本作を見たのだが、その時は列車のシーン以外はさほど感動することがなかった。それから40年以上を経て、今見たらどう思うだろうという好奇心に駆られて再見してみた。さらに原作小説も読んだ。これは原作と映画とどち…

グレース・オブ・ゴッド 告発の時

昨年7月に見た映画なので、詳細は例のごとくほぼ全部忘れている。 聖職者が少年たちに長年性的虐待を行っていたことを告発する作品。これまでのフランソワ・オゾンの作風とまったく異なるため、従来のファンは面食らうかもしれない。それほど生真面目に撮ら…

軍中楽園

「軍中楽園」という名の従軍慰安所に配備された新米兵士のほろ苦く切ない恋物語。 1969年の台湾がいかに中国本土と緊張関係にあったかがわかる作品でもある。中国と台湾の国境に位置する金門島に配備された台湾軍兵士ルオは、泳げないことが発覚して別部隊へ…

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢

世の中に変人は数あれど、本作の主人公はその変人その1の一人である。変人大好きなわたしとしては見ずにはおられない物語。そして実に不思議なお話であった。 南仏の田舎に住むシュヴァルが30年以上をかけて一人こつこつと石を積み上げて作ったけったいな形…

ジャコメッティ 最後の肖像

変人その1のアルベルト・ジャコメッティ晩年の物語。彼の肖像画のモデルになった若きライターの作品が原作になっている。ジャコメッティの変人ぶりが余すところなく描かれていて、そんじょそこらのコメディよりも面白い。 ジャコメッティのアトリエ兼自宅が…

マーシャル 法廷を変えた男

主役のチャドウイック・ボーズマンが去年の8月に42歳で亡くなった。本作は、癌治療の合間を縫って撮影されたらしい。そう思うと感慨深くも悲しい。 「アフリカ系アメリカ人として史上初めてアメリカ合衆国最高裁判所の判事に任命された弁護士サーグッド・マ…

東京自転車節

都会ではすっかりお馴染みの光景となったウーバーイーツの配達員がひたすら自転車で走り回る、というドキュメンタリー。アメリカからやってきたこの仕事、ギグワーカーと片仮名で呼べばかっこういいように聞こえるかもしれないが、とんでもなく悲惨な仕事で…

マイ・インターン

これは女性から見た理想の男性像を描いた物語だ。主人公は70歳の退職老人・ベン。彼はシニア・インターン制度を敷いた急成長アパレル会社に採用されることとなった。妻を亡くし、一人暮らしで生きる目標もなかったベンは新しい職場に喜んで出勤する。一方、…

Dr.パルナサスの鏡

こういうファンタジーは映画館の大画面で見てこそ! 残念ながら自宅のテレビモニタでは迫力に欠けるのである。 パルナサス博士は年齢1000歳を超えているれっきとした老人なのだが、悪魔と取引して若返り術を施し、愛した女性と結ばれて娘をもうけた。しかし…

プロミシング・ヤング・ウーマン

原題は「未来を約束された若き女性」という意味。これは、実際のレイプ事件で有罪となった若者に判事が述べた言葉から取られている。「未来のある若者にこんなレイプ事件で汚点をつけて将来を台無しにさせてはいけない」という美しい配慮の言葉だ。男にはそ…

女帝 エンペラー

五大十国時代の中国宮廷を舞台に陰惨な復讐劇が繰り広げられる。「ハムレット」を原案とするだけあって、話がとにかく暗い。しかし美術は豪華で格式高く、衣装やセットを見ているだけで満足できる作品だ。演出は重々しく、悲劇の色合いと残虐な刑の執行やら…

ヒトラーに屈しなかった国王

1905年にノルウェーがスウェーデンから独立して立憲君主制を敷くことを国民が選択し、デンマークから国王を迎えた、ということを初めて知った。ノルウェーの歴史をほぼ知らない自分の無知に改めて驚く。ノルウェーだけではない。北欧の国々の歴史どころか地…

ニューヨーク・ニューヨーク

30分カットして120分で収めてあれば、かなりよい作品になったであろう。しかし、ライザ・ミネリの歌唱が素晴らしいので、そこまでの冗長な物語は全部我慢我慢。逆に、「やっとでたか、ライザの歌!」って感じで感動もひとしおである。後半はライザ・ミネリ演…

シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア

なんとも不思議な映画だ。ニュージーランド映画そのものを見る機会があまりないのに、初かもしれないニュージー作品がこれでは、かの国に対して偏見が生まれそうだ。全編とにかく妙な映画で、コメディなんだけれど笑いのツボがかなり日本人とは異なる。面白…

トルーマン・カポーティ 真実のテープ

トルーマン・カポーティの名前は知らなくても、映画「ティファニーで朝食を」(61年)を知っている人は多いだろう。たとえ映画を見たことがなくても、ヘンリー・マンシーニが作った主題歌「ムーンリバー」はどこかで聞いたことがあるはずだし、オードリー・…

マダムのおかしな晩餐会

舞台はフランスだが、主人公はアメリカ人の富裕層とそのスペイン人メイド。という、国際色豊かな物語なので、それぞれの「国民性」が出ているとも言える。 アメリカ人の富豪夫妻がパリに引っ越ししてきたばかり。彼らは上流層の友人たちを招いてディナー・パ…