吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

軍中楽園

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 「軍中楽園」という名の従軍慰安所に配備された新米兵士のほろ苦く切ない恋物語

 1969年の台湾がいかに中国本土と緊張関係にあったかがわかる作品でもある。中国と台湾の国境に位置する金門島に配備された台湾軍兵士ルオは、泳げないことが発覚して別部隊へと異動になり、慰安所を警備することになる。この慰安所は軍が直接運営していたようで、チケットの発券も慰安婦の管理も軍人が行っている。実はこの慰安所の存在は長らく秘匿されていたという。

 この「軍中楽園」を舞台に、ルオ青年が密かに心を寄せる年上の儚げな慰安婦ニーニーとの友情を中心として、さまざまな人間模様が描かれる。ニーニーがギターの弾き語りで歌う「帰らざる河」のメロディも切なく、さまざまな背景をもってここにやってきた兵士と慰安婦の過去や悲しみ、愛情、絶望がひしひしと伝わる。ここが最前線であることを思い出させるように定期的に聞こえる砲弾の音に緊張が走る。

 映画は全体として南国の雰囲気が醸し出すゆったりとした明るさを持ち、なおかつまだ女性との経験を持たないルオ青年のニーニーへの憧れと同情が切なく微笑ましく、戦時下の物語であっても悲惨さをあまり感じさせない。

 とはいえ、やはりここに来る女たちにはそれぞれの過去の傷があり、男には夢があったのだ。物語の後半では破れた夢、あったはずの未来が語られて悲しみが胸をえぐるようだ。やはり戦争はしてはいけない、あってはならないと、いくつもの消えてしまった未来を見ながら強く思うラストシーンだった。(Amazonプライムビデオ)

2014
台湾 133分
監督:ニウ・チェンザー
製作総指揮:ニウ・チェンザー
脚本:ニウ・チェンザー、ツェン・リーティン
撮影:チャーリー・ラム
音楽:シンシン・リー
出演:イーサン・ルアン、レジーナ・ワン、チェン・ジェンビン、チェン・イーハン

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢

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世の中に変人は数あれど、本作の主人公はその変人その1の一人である。変人大好きなわたしとしては見ずにはおられない物語。そして実に不思議なお話であった。

 南仏の田舎に住むシュヴァルが30年以上をかけて一人こつこつと石を積み上げて作ったけったいな形の宮殿は今ではフランスの観光名所になっているという。これは19世紀末から20世紀初めにかけての出来事なので、すでに百年以上も前のことだ。その頃はまだ多くの人々が天寿を全うすることなく亡くなっていた。そんな時代に生きた、あまりにも無口で不器用な、しかし頑固一徹の郵便配達人の物語。

 シュヴァルは若くして妻に先立たれたが、その悲しみを言葉にすることもできず、嘆き悲しむすべも知らないような人物だった。やがて再婚した彼は新たに娘をもうけるが、その娘をどのように可愛がってよいのかわからない。しかしふとしたことから石を拾って積み上げていくようになる。宮殿を建てて幼い娘を喜ばせそうと思ったのだ。その日から33年。何があっても毎日彼は石を積み続けた。もちろん郵便配達人としての仕事は全うしているから、石積みは仕事が終わってから、あるいは仕事の合間に行うことになる。彼は寝る間も惜しんで石を積み宮殿を作り続けた。その強靭な体力に脱帽するしかない。

 それにしてもあれほど無口な男がよく再婚できたものだと感心する。どうやって口説いたんだ? 口説かれたのか? あまりにも自らの感情を表に出せない、人とのつきあいが下手な人がどうやって家族と付き合ってきたのかも不思議だ。

 しかし、目は口程に物を言うではなく、彼が作った宮殿は幾百の言葉よりも家族への愛を表出していた。たぶんもう、最後は執念だったのだろうとわたしは想像する。最初は確かに娘を喜ばせようと思ったのだろうが、この手のもくろみは途中から最初の目的など忘れてしまって、ただただ作業を続けることが自己目的化されるものだ。

 で、出来上がった宮殿はもちろん奇妙奇天烈な建物である。ひょっとしたらサグラダファミリアに似ているかもしれないが、ド素人が設計図も作らずに、絵葉書で見たタージマハルなどをヒントにアイデアを紡いだというしろものは、タージマハルには似ても似つかない。

 執念をもって何十年も同じことを続けていくその生きざまには、なぜか惹かれてしまうし、この人、性格はわたしと全然違うのに、どこか似ているんじゃないか。知らんけど。(レンタルDVD) 

2018
L'INCROYABLE HISTOIRE DU FACTEUR CHEVAL
フランス Color 105分
監督:ニルス・タヴェルニエ
製作:アレクサンドラ・フェシュネル、フランク・ミルサン
脚本:ファニー・デマール、ニルス・タヴェルニエ、ロラン・ベルトーニ
撮影:ヴァンサン・ギャロ
音楽:バチスト・コルー、ピエール・コルー
出演:ジャック・ガンブランレティシア・カスタ、ベルナール・ル・コク、フローレンス・トマシン

ジャコメッティ 最後の肖像

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 変人その1のアルベルト・ジャコメッティ晩年の物語。彼の肖像画のモデルになった若きライターの作品が原作になっている。ジャコメッティの変人ぶりが余すところなく描かれていて、そんじょそこらのコメディよりも面白い。

 ジャコメッティのアトリエ兼自宅が場末の建物の地下路地みたいなところにあるのも意外だったし、彼の食生活の貧しさというか無頓着さにも笑った。何かと面白くて、ジャコメッティに騙されてうっかりモデルになってしまったライターの戸惑いやら驚きやらが素直に表れていて、とても楽しい作品。

 愛人が堂々とアトリエにやってきて、ジャコメッティはメロメロ状態で彼女に貢いでいるとか、いかにもおフランスらしい。しかもジャコメッティは単なる変人じゃなくてやっぱりアーティストだった。その作品への執念には恐れ入る。ジェフリー・ラッシュがフランス語で演じているのだが雰囲気がとてもよく出ていて、違和感なし。

 モデル役をやらされた若きライターJames Lordは、実は当時はすでに40代で、高名な美術評論家だったが、アーミー・ハマーが演じているから実年齢よりぐっと若く見える。

 ジャコメッティのファンでもそうでもなくても楽しめる一作。

 そういえば我が家にもジャコメッティの木彫り彫刻があったなあと思い出した。いや、あれはジャコメッティじゃなくてアフリカ民芸品みたいなベルギー土産だった。お気に入りの作品なので、やっぱりジャコメッティを好きだったんだわ、わたし。映画をみてますます好きになったよ、アルベルト!(レンタルDVD) 

2017
FINAL PORTRAIT
イギリス Color 90分
監督:スタンリー・トゥッチ
製作:ゲイル・イーガンほか

原作:ジェームズ・ロード『ジャコメッティの肖像』
脚本:スタンリー・トゥッチ
撮影:ダニー・コーエン
音楽:エヴァン・ルーリー
出演:ジェフリー・ラッシュアーミー・ハマークレマンス・ポエジートニー・シャルーブ、シルヴィー・テステュー

マーシャル 法廷を変えた男

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 主役のチャドウイック・ボーズマンが去年の8月に42歳で亡くなった。本作は、癌治療の合間を縫って撮影されたらしい。そう思うと感慨深くも悲しい。

 「アフリカ系アメリカ人として史上初めてアメリカ合衆国最高裁判所の判事に任命された弁護士サーグッド・マーシャルを題材にした伝記映画」という触れ込みだが、彼が最高裁判事になる過程はまったく描かれない。映画では彼が若き日にかかわった冤罪事件の法廷劇を描く。

 1941年、コネティカット州で起きた上流階級夫人への強姦と殺人未遂の犯人として、使用人が逮捕された。犯行を否認する被告を弁護するため、全米黒人地位向上協会の弁護士マーシャルが乗り込んでくる。マーシャルは白人だらけの法廷では発言を禁止されてしまい、やむなく民事専門の白人弁護士を雇って彼を前面に立てて弁護活動を開始する。冤罪を確信するマーシャルであったが、被告が嘘をついていたことに気づく。マーシャルの法廷戦術はいかに?

 という、アメリカ人が大好きな法廷劇である。ユーモラスなのはマーシャルの性格がけっこう悪くて、上から目線の自信過剰な偉そうな態度が目に付くところ。彼に無理強いされて法廷で弁護に立たされる白人弁護士フリードマンが気弱な男で、冷や汗をかきながら弁じる様子が観客をハラハラさせる。この二人のバディ映画という趣がなかなか小気味よい。フリードマンポーランド出身のユダヤ人というのも当時の世界情勢を反映している。

 当初はマーシャルに反抗し、弁護を嫌がっていたフリードマンも次第にマーシャルの優秀さに惹きこまれていき、自身へのユダヤ人差別に対する怒りもバネとなって堂々とした弁護へと上達していくさまが小気味よい。

 しかし、強姦冤罪を晴らすために弁護側が追及する言葉の数々が、実は現在でも強姦被害者に投げつけられる言葉と同じなのが気になる。

「なぜ声をあげなかったのですか?!」「なぜ逃げなかったのですか? 逃げるチャンスはいくらでもあったでしょう?!」

 こういった警察や法廷での言葉によるセカンドレイプに被害者はさらされている。それと同じ言葉で黒人の冤罪を晴らそうとしていることにわたしは胸が痛んだ。思えば、この事件の「上流夫人」もまた被害者の一人ではなかったか?

 そのような、さまざまなことに思いをめぐらせながら見終わって、それほどすっきりさわやかな後味を残さないところも本作の見どころなのかもしれない。

 アンドラ・デイが歌った主題歌がアカデミー賞の候補になった。ハスキーなとてもいい声をしている。(レンタルDVD) 

2017
MARSHALL
アメリカ 118分
監督:レジナルド・ハドリン
製作:レジナルド・ハドリン、ポーラ・ワグナー
脚本:ジェイコブ・コスコフ、マイケル・コスコフ
撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル
音楽:マーカス・ミラー
出演:チャドウィック・ボーズマンジョシュ・ギャッドケイト・ハドソンスターリング・K・ブラウン、ダン・スティーヴンスジェームズ・クロムウェル

東京自転車節

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 都会ではすっかりお馴染みの光景となったウーバーイーツの配達員がひたすら自転車で走り回る、というドキュメンタリー。アメリカからやってきたこの仕事、ギグワーカーと片仮名で呼べばかっこういいように聞こえるかもしれないが、とんでもなく悲惨な仕事である。

 2020年4月。実家暮らしの山梨県の田舎でコロナ禍の影響により無職になってしまった青柳拓青年は、奨学金という名の借金返済にも追われ、やむなく東京で配達員をやってみることにする。意外と悲壮感もなく、「ウーバーイーツで稼いで100万円貯めるぞー」と意気盛ん。

 映画は自転車を漕いでいる青柳監督の自撮りによるスマホ映像に加えて、Goproというアクションカメラを自転車に装着することにより、自転車を漕ぐ人間の視点による撮影を行っている。基本的にこの2台による映像が使われているわけで、なんだそれではYoutuberとどこが違うのかと聞きたくなるのだが、やはりプロの編集の技が入っているので、なかなかに面白い仕上がりとなっている。まさにコロナ禍の「今」を切り取ったドンピシャの労働映画である。

 ウーバーイーツの配達員は会社との雇用関係のある「労働者」ではなく、個人事業主だ。つまり、法的には自営業者ということになる。だから、労働者なら保障されているはずの労災保険にも加入していない。「すきま時間」を使った副業にすぎず、これが学生バイト的な感覚なら問題もなさそうだが、昨今の非正規労働者激増の時代では、この仕事を主たる収入源にする労働者が増えていることが大問題だ。

 労働問題を背負った青柳監督が自虐的に自分の姿をとらえる映像は笑えるかもしれない。しかしわたしは見ているうちにどんどん怒りが湧いてきて、これはとんでもない映画だと毒づいていた。いや、映画が悪いというのではなく、いくら働いても最低賃金に満たないような働き方しかできないこの仕事について、結局誰が利益を得ているのか、という怒りが湧いたのだ。

 確かに要領のいい配達員はこの仕事で1日1万円から2万円近くを稼ぐかもしれない。しかし不安定な収入でこの仕事が続けられるのだろうか。配達員になるための初期投資もばかにならない。あの四角いリュックも5000円をはたいて購入せねばならないのだ。自転車のメンテナンス料も自分で持つ。それもこれも自営業者だからだ。

 この映画を見てケン・ローチ監督の「家族を想うとき」を思い出す観客は多いだろう。もう腹が立ってしょうがない。誰が被害者なのか判然としないこの世の中で、確かに「システムのせい」「社会のせい」と言ってすましていられる人もいるかもしれない。しかし圧倒的多数は誰のせいにすることもなく今日を生き、明日も生きるために働いているのだ。そんな真面目に生きようとする人がなんで野宿者にならねばならない?

 青柳監督が接する何人もの人たちの証言もまた興味深い。偶然に出会ったという役者や戦争ばあちゃんやらが、将来への夢や過去への怒りをカメラに向かって語る。彼がかかえる孤独を、友人や先輩たちとの狭いネットワークが少しずつ癒してくれる。食べ物の配達という仕事を通して感じる孤独や、その逆に人とのつながりが生む喜びといった機微が、一人の若者に生きるためのささやかな力を与えていることも画面から伝わる。

 最初のうちは自分の悲惨な状況にも頓着することなくヘラヘラしている青柳にわたしはイライラさせられたのだが、次第に彼がこの仕事の本質的な問題に気づき始めていく過程が見えてくると、一人の若者の小さな世界から社会全体のシステムの問題へと俯瞰する視点が立ち現れ、軽い感動を覚えるまでになる。

 配達員と一体となったカメラによって疾走感を共有しつつ、都会の中で手さぐりで生きている若者の姿、その喜怒哀楽に共感したり呆れたり同情したり怒ったりしながら、最後はなんとなくこの青柳青年が愛しく思えているから不思議だ。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」に掲載したものに加筆)

2021
日本 Color 93分
監督:青柳拓
プロデューサー:大澤一生
構成:大澤一生
撮影:青柳拓、辻井潔、大澤一生
編集:辻井潔
音楽:秋山周

 

マイ・インターン

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 これは女性から見た理想の男性像を描いた物語だ。主人公は70歳の退職老人・ベン。彼はシニア・インターン制度を敷いた急成長アパレル会社に採用されることとなった。妻を亡くし、一人暮らしで生きる目標もなかったベンは新しい職場に喜んで出勤する。一方、彼を採用したものの、扱いに戸惑う若き女社長ジュールズにとってベンはちょっと厄介なおじさんだった。しかし、性格がよいベンは若者だらけの職場でいつのまにか人気者になっていた。やがて社長ジュールズの信頼も得るようになったベンはジュールズの私生活にも深入りするようになっていく。

 映画全体の雰囲気はとてもいい。明るく楽しくテンポよく進んでいく。なによりもベンのキャラクターがよい。やもめの寂しさをどこかににじませながらも、明るく優しく出しゃばらず、さりげなく若者たちの相談役にもなったり。こんな素敵なシニアだらけなら、世の中どんだけ暮らしやすいんだろう。実際にはこれが違うんだよねー。特に70歳以上の団塊世代のおっちゃんたちはなんであんなに自己語りが過ぎるのか、なんであんなに自己主張が過ぎるのか、なんであんなに挑発的論争的で、なんであんなにえらそうなのか、なんであんなに「質問です」と手を挙げながら延々と自説を主張したがるのか、と非難したい人が多すぎる! これって偏見? 

 その点、ベンは実に慎ましくでしゃばらず、偉そうにしないのに若者にとてもいいタイミングでアドバイスができる。

 ちなみに、当エル・ライブラリーにも何人もシニアボランティアが働いてくださっているのだが、この映画のベンみたいな人ばかりなので、本当にありがたい。だからこそ、エル・ライブラリーのシニアボランティアのみなさんは10年以上続けていただくことができる。

 というわけで、本作はマイ・インターンではなく、われらが理想のシニア同僚の姿を描いた映画なのだ。とどのつまりは、若者だらけのこの職場で、ベンのようなシニアが存在することで一層の活性化や潤滑油的な働きができるということ。やはり職場は社会の縮図なので、各世代が気持ちよく働けることが理想だろう。そういうことを痛感させる物語であった。いくら理想像だとか現実離れだとか言われようとも、これが実現できれば素晴らしいやんか、と思わせる夢があったね。(Amazonプライムビデオ)

 2015
THE INTERN
アメリカ Color 121分
監督:ナンシー・マイヤーズ
製作:ナンシー・マイヤーズスザンヌ・ファーウェル
脚本:ナンシー・マイヤーズ
撮影:スティーヴン・ゴールドブラット
音楽:セオドア・シャピロ
出演:ロバート・デ・ニーロアン・ハサウェイレネ・ルッソ、アンダーズ・ホーム、アンドリュー・ラネルズ

Dr.パルナサスの鏡

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 こういうファンタジーは映画館の大画面で見てこそ! 残念ながら自宅のテレビモニタでは迫力に欠けるのである。

 パルナサス博士は年齢1000歳を超えているれっきとした老人なのだが、悪魔と取引して若返り術を施し、愛した女性と結ばれて娘をもうけた。しかしパルナサスは悪魔と、「娘が16歳になったら引き渡す」という契約を結んでいたのだ。そして今日は娘の16歳の誕生日。果たして亡き妻そっくりに美しく育った娘は悪魔にさらわれてしまうのだろうか?

 というお話。パルナサス博士は若き助手を雇い、小人の男を従え、娘も一緒に一座を組んで、まるで古(いにしえ)のサーカス一座のような移動小屋と一緒に各地を転々として見世物を行うことにより生活している(たぶん)。パルナサス博士は鏡を使って人々の夢にとりつき、その人に一瞬の夢の世界を実現させる超能力を持っているのだ。パルナサスの鏡の世界に入り込んだ人々は幸せのあまり全財産を博士に与えてしまう。そんな博士の能力をもってしても、悪魔の手から娘を守ることは難しい。

 なにしろ夢の世界を実現するのだから、極彩色の画面は派手派手派手派手で、目まぐるしい展開を見せる。時空を超えていく物語は映画でなくては表現できない。そしてここにパルナサスと並び立つ主人公トニーがいて、その役を亡きヒース・レジャーが演じているのである。よく見るとヒース・レジャーって男前やんか! 演技力も抜群だったのに若くして亡くなってしまって本当に残念だ。

 この映画はお蔵入りになりそうだったのだが、ヒース亡きあと、彼の役を引き受けたジョニー・デップジュード・ロウコリン・ファレルがそれぞれ4人1役で演じきったために、本作は完成できたのである。一人を4人で演じるというのも面白いが、この映画が順撮りしていないことがわかってそれも興味深かった。途中でいきなりトニー役がジョニー・デップに代わったと思ったら次にジュード・ロウになり、最後はコリン・ファレルが出てくる。コリン・ファレルになるとさすがにヒース・レジャーとは全然似ていないから別人が演じていることがわかるのだが、ジョニー・デップに代わった当初はあまり違和感がなかった。で、コリンが出てきてこのまま終わるのかと思ったら、またまたヒース・レジャーが登場する。あ、このシーンまででヒースは死んだのではなくて、先の場面も撮っていたのね、とわかる。舞台裏を覗いた気分になって少し高揚した。こんな些細なことが映画ファンはうれしいのである。

 というわけで、お話はおとぎ話で、別に面白いこともなく、この話からなにか構造的な面白さを文化人類学者や社会学者なら引き出すだろうが、わたしはそんなことよりも死んだ友人の後を継いで役者たちが演じきったという、その点にこそ惹かれる。なかなか楽しかった。(Amazonプライムビデオ)

 2009
THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS
イギリス / カナダ Color 124分
監督:テリー・ギリアム
製作:ウィリアム・ヴィンスほか
脚本:テリー・ギリアム、チャールズ・マッケオン
撮影:ニコラ・ペコリーニ
音楽:マイケル・ダナジェフ・ダナ
出演:ヒース・レジャークリストファー・プラマージョニー・デップジュード・ロウコリン・ファレルリリー・コールアンドリュー・ガーフィールドトム・ウェイツ