吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

僕たちは希望という名の列車に乗った

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 まだベルリンの壁が築かれる前の1956年に、東ドイツから西ドイツへ亡命した高校生たちの実話を基にした物語。原題は「静かな教室」。映画化を機に、原作となった主人公の手記が『沈黙する教室』と題して日本でも出版されることとなった。見終わって直ちに「原作を読みたい!」という熱望が沸き上がる優れた作品だ。
 列車に乗って東側から西側へと移動する高校生男子二人の姿を楽し気に描くことから映画は始まる。彼らは今はアメリカ占領地にある祖父の墓参りに行くのだ。祖父はナチスの兵士だった。「無駄な死だ」と祖父の死を嘲笑うかのような孫世代の語りがこの映画の通奏低音となる。つまり、戦犯としてのドイツ国民の存在を戦後世代はどう見たのか、というテーマがここには横たわっている。
 高校生二人は女の裸が見たくて西ベルリンの映画館にもぐりこみ、偶然にもニュース映像でハンガリー動乱のことを知ってしまう。衝撃を受けた彼らクルトとテオは翌日の授業が始まる前に同級生たちに「亡くなったハンガリーの人たちに黙祷を捧げよう。次の歴史の授業では2分間、沈黙しよう」と呼びかけ、多数決でその「黙祷」が決まる。それは高校生たちのほんのささやかな反抗であり、どちらかというとちょっとした悪戯のようなものだったのだ。しかし、この「いたずら」が彼らの一生を左右するような大事件へと拡大するのである。。。
 高校生たちがほんの2分間歴史の授業で沈黙を守ったというだけのことが、社会主義への脅威としてフレームアップされていく恐ろしさがリアルに伝わってくる。学校内のことだけに収まらずにことは郡学務局に通報され、恐るべき女性官僚ケスラーがやってくる。「誰が首謀者なのか」と彼女の詰問に答える生徒たちの恐怖が観客にも伝わる。そしてついには人民教育大臣までが学校にやってくるのである。
 実はクルトとテオのクラスはエリート養成学級で、彼らは卒業すると大学への進学が許され、テクノクラートとして立身出世の道が約束されているのだ。この大臣というのが本作の監督であるラース・クラウメの「アイヒマンを追え!」で主役のフリッツ・バウアー検事を演じたブルクハウト・クラウスナーなのである。実に役者だ、まったく違う役を見事に演じていて感動した。貫禄たっぷりのブルクハウト・クラウスナーの恐ろしい演技に縮み上がる。
 生徒たちは、仲間を売ってエリートコースを進むのか、それとも!という人生の岐路に立たされる。まだ十代の彼らがその選択を迫られたとき、どのように行動するのだろうか。
 第二次世界大戦が終わって11年後のドイツでは、西も東も戦争中の一般人の犯罪については指弾することがなかったのだろう。その子どもの世代では親の戦争犯罪について隠蔽されていたことが痛いほど伝わる。英雄のはずだった父が実は裏切者だったとか、社会主義政権に反乱した親が今ではすっかり生活保守主義者になっているとか、様々な事情がリアルに伝わる見事な演出だ。
 ナチスの支配からスターリンの支配へと容易に移り変わっていった東ドイツの様子がここでは垣間見える。いずれにしても全体主義国家であったことに変わりはない。ファシスト!と糾弾されれば色をなして「何を言うか! 私はナチスと闘ったのだ!」と反論する大臣は自身がナチスに取って代わったことに気づいていない。
  邦題には大いに疑問と異議あり。そもそも「希望という名の列車」というほど明るい話でもないし、資本主義国への亡命が「希望」なのか? 社会主義国家に比べて「自由」があったかもしれないが、資本主義万歳のように見えるこのタイトルは納得できない。
 とはいえ作品全体はとてもよくできていて、緊張感が最後まで持続し、若者たちの苦悩や悲しみ、恋、正義感といったこの年代特有の感情が横溢していて、なぜかとても懐かしさを感じてしまった。と同時に、引き裂かれる家族の悲しみには涙せずにはいられない。
 どこかで聞いたことがあるようなメロディの音楽も美しい。また、今はもう失われた製鉄所の溶鉱炉での過酷な労働現場が映る、労働映画でもある。テオの父親が製鉄所で働いている様子は、何かの罰ゲームのように厳しい暑さとの闘いである。
 ところで、昔は映画館で本編上映前にニュース映像が流れていた。今では、国民民主党のCFが流れるのである。玉木雄一郎代表が武将のいでたちで登場する時代劇の映像には驚いた。 
 (2018)
DAS SCHWEIGENDE KLASSENZIMMER
111分
ドイツ

監督:ラース・クラウメ
原作:ディートリッヒ・ガルスカ『沈黙する教室』
脚本:ラース・クラウメ 
音楽:クリストフ・カイザー、ユリアン・マース
出演:レオナルド・シャイヒャー、トム・グラメンツ、ヨナス・ダスラー、ロナルト・ツェアフェルト、ブルクハルト・クラウスナー、レナ・クレンケ、イシャイア・ミヒャルスキ