吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

グリーンブック

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 早くも今年のナンバー1が決まり!という感じ。やっぱりわたしは音楽映画が好きなんだと実感した作品でありました。

 1962年のニューヨーク、イタリア系移民のトニー・ヴァレロンガはナイトクラブで用心棒を務めていたが、店が改装のため休業になる8週間、黒人ピアニストの"ドクター"・ドナルド・シャーリーの運転手兼ボディガードに雇われることになった。黒人を差別していたトニーだが、ドン(ドナルド)・シャーリーの天才的な音楽に感動し、またその品格に触れていくことによって徐々にドンとの距離を縮めていく。公民権法が成立していないこの時代にあえて南部を回るという「暴挙」ともいえる旅に出たシャーリーを案内していくのもトニーの役目だ。彼は『グリーンブック』という黒人専用施設の情報が載っているガイドブックを頼りにドンと共に旅を続けるうちに、Deepサウスの人種差別のひどさに直面することとなる。

 本作は典型的なジャンル映画だ。バディもの、ロードムービー、そして大人のビルディングズロマン。さらに典型的な予定調和の物語。実話を基にしているだけに奇抜なストーリー展開もないし、奇をてらったような演出もない。実に素直な作品で、優れた脚本と優れた役者、素晴らしい音楽のおかげでアカデミー賞作品賞を獲った。作品と俳優と脚本と編集はノミネートされたのに監督はノミネートされていないというかわいそうな映画ではあるが、実にすがすがしい気持ちになれる、観てよかったと思える後味のよい作品だ。

 物語の最初と最後では主人公たちは変化し、成長している。そのことがとても好ましい。無自覚な差別者だったトニーがドンの孤独と苦しみを知って変わっていく。上流階級の暮らしに慣れた天才ピアニストのドンがどれほどの孤独と引き裂かれた思いに耐えていたのか、彼のかたくなな心を溶かしていったのはトニーの天真爛漫で陽気な気質、武骨だけれど暖かな人柄だった。何よりも、トニーはドンを尊敬していた。

 役のために20キロ太ったヴィゴ・モーテンセンの面影もないほどの変身ぶりに驚かされた。そして、本当に陽気なイタリア人やくざに見えてしまうから役者のプロ根性は驚くべきものだ。アカデミー賞を獲ったマハーシャラ・アリのピアノにも驚いた。これはボディ・ダブルというか、プロのピアニストが弾いていて、難しいところは編集でうまく繋いでマハーシャラ・アリが弾いているように見せているそうだ。これまた編集さんえらい! アカデミー賞をやってほしい!

 ところで、本作に対してスパイク・リーが酷評を投げているが、いちゃもんつけにしか思えない。ホワイトスプレイニングだとか言われているようだが、むしろわたしがこの映画の中で気になったのは、ドンの上から目線態度だ。トニーが一生懸命書いている手紙を読んで、偉そうに「直してやる」とおせっかいをするところはまだいい。トニーが「コツをつかんだから自分で書けるようになった(ので校正を頼まなかった)」と言っているときにトニーの手から手紙をひったくって「直してやるよ」と偉そうに言うのがわたしにはカチンとくる。つまり、ここでは上下の格差が人種ではなく階層によって決定されているのだ。黒人だがインテリで芸術家のドンと、白人でも無学のトニーという格差。結果的にトニーの手紙はずいぶんうまくなったので、それをドンも認めるわけだが。この手紙のエピソードは最後に生きてくる。その時のドンの笑顔が素晴らしい。 

 天才ピアニストとして登場するときには黒人であっても尊重されるが、ただの一人の黒人になったとき、露骨で暴力的な差別を受ける。それが社会的差別の実態というものだろう。わたしたちは差別の様々な、そして複雑な位相を理解することが必要なのだということをこの映画を通じて知ることができる。最後には「個」としてのドンとトニーが互いを信頼することができた、そのことが感動を呼ぶ。ほんとうにすがすがしい映画だ。

(2018)
GREEN BOOK
130分
アメリ

監督:ピーター・ファレリー
製作:ジム・バーク、ニック・ヴァレロンガほか
脚本:ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー
撮影:ショーン・ポーター
音楽:クリス・バワーズ
出演:ヴィゴ・モーテンセンマハーシャラ・アリリンダ・カーデリーニ