吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

人生はシネマティック

 映画製作のバックヤードものは映画人が大好きなジャンル。そして映画ファンも。当然、わたしも。しかもこの映画は戦時中のイギリスを舞台に、軍部の圧力のもとに製作された戦意発揚映画の裏話で主人公が女性脚本家とくれば、それだけで見たくなる作品だ。


 戦争中は女性が社会進出する時代だった。それはイギリスでも日本でも同じこと。戦争プロパガンダ映画である「ダンケルク」の脚本に抜擢されたのは、広告コピーが映画製作者の目に留まった素人女性カトリンだった。女性ならではの視点で脚本を書いてほしいとの依頼に、薄給のカトリンは大喜びする。仕事のために夫とはしばらく別居することになるが、とにかく初めての体験で右も左もわからない彼女がこの仕事を通して成長する、胸のすくような物語だ。
 とはいえ、そんなに簡単に成長させてもらえない要因、無理難題、空襲、といった明日をもしれない状況が次々に押し寄せる。カトリンを困惑させるベテラン俳優を演じたビル・ナイが美味しいところを独占したような映画だ。彼の傲岸ぶりが光っている。嫌みで意地悪でわがままなセリフを嬉々として口にするビル・ナイ、最高です。この映画は実に脚本が素晴らしい。
 劇中劇の「ダンケルク」はもちろんあの大撤退作戦を描くわけで、そのロケ風景もアッと驚く美術ネタばらしがあって本当に興味が尽きない。1940年当時参戦していなかったアメリカをなんとかイギリス側に向けたいという思惑もあって、アメリカ人を役者に抜擢したのはいいけれど、これがとんでもない大根役者。
 カトリンはせっかく書いた脚本を次々と変更させられるという羽目に陥るが、決してあきらめず頑張りとおす。そんな彼女を励ますのは、カトリンの才能を見抜いた情報省映画局の特別顧問トム・バックリーである。このトムが丸メガネをかけてあまり冴えていないのだが、実は超イケメン俳優のサム・フランクリンが演じていたということを後で知った。人妻であるカトリンにトムが惹かれているのはあまりにも明らかなので、観客としてはこの二人の恋がどうなるのかと冷や冷やしながら見守ることとなる。
 二人が隣同士の机に向かって徹夜し、それぞれタイプライターの打刻音を響かせる場面がわたしは大好きだ。必死で一つの仕事をやり遂げる同志として二人の気持ちが近づいていく。タイプライターに打ち込む姿がこれほど誇らしげで力強くそしてロマンティックな映画は初めて見た。
 しゃれたセリフの連発で映画ファンの心をつかむ見事なコメディ。だが、人生はほんとうにシネマティックで、それこそこの映画のセリフどおり、映画の中では無意味な場面はひとつもなくすべてが作為されていることがわかる衝撃のシーンを迎える。 
 人生はシネマだ。シネマが人生だ。わたしの人生の次の脚本は誰が書く? もちろん、わたし自身。(レンタルDVD)

THEIR FINEST
117分、イギリス、2016
監督:ロネ・シェルフィグ、原作:リサ・エヴァンス、脚本:ギャビー・チャッペ、音楽:レイチェル・ポートマン
出演:ジェマ・アータートン、サム・クラフリン、ビル・ナイ、ジャック・ヒューストン、ヘレン・マックロリージェレミー・アイアンズ