吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ビューティフル・デイ

 「レオン」のサイコファンタジー版とも呼ぶべき不思議な映画。もう四か月以上も前に見たからすっかり詳細は忘れたけれど、雰囲気だけは強烈に印象に残っている。

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 主人公ジョーは元軍人で、彼は戦場のトラウマと少年のころの家庭内暴力の記憶にさいなまれる日々を送っている。今の仕事は「闇の捜索人」。警察に届けることをためらわれる行方不明者を探して奪還するのが彼の業務だ。その過程で殺人を厭わない。しかもハンマーを振り下ろして撲殺するという強烈な殺し方は血塗られた彼の過去の傷と共振している。
 セリフはほとんどなく、ジョーのだぶりまくった腹の脂をアップで見せたり、異様な過去の光景を小出しにしてフラッシュバックさせるなど、映像センスが際立っている。映像で魅せる映画だから、ストーリーを追って起承転結を求めるような観客には向いていない。むしろ、雰囲気倒れともいえるかもしれない。髭面の巨漢ジョーが殺し屋にあるべき精悍さをまったく持ち合わせていないところが、彼の絶望感を体感させる。そのだらしない体形そのものが彼の精神の崩壊ぶりを内から外に向かって放出しているように見える。
 ある日彼が救った家出美少女は売春窟に売り飛ばされていた。薬漬けにされているのか、無反応無表情な少女はホテルの一室のベッドの中にいた。その少女を抱えて脱出するジョー。行く手を阻むものは容赦なく殺戮する。それが彼の生き方だったから。心臓の鼓動を映すかのような小刻みな打楽器音が続く。心理描写もストーリーもすべて画面から受け止めるしかない、セリフも説明もない。
 彼は救えなかった命と夢をいま、絶望のうちにつかみとろうとしているのだろうか。いつでも彼のそばには「死」がある。その魅惑的な響き、「死」。いつかその死を友として遊び相手として癒しの相手として、彼は絶壁を歩む。陰鬱極まりない日々の中でも、彼は年老いた母の世話を忘れない。母だけが家族と言える、愛する人だった。その母も老いて弱り、もはや頭脳も溶け始めている。
 ジョーの脳内イメージが画面に横溢し、観客は死の恐怖と魅惑に震える。こんな日々でも太陽は上り、少女は言う。「いい天気ね It's a beautiful day」と。 
 好き嫌いははっきり分かれるだろう、この映画。決してお薦めとは言えないのに、その深い絶望の中に切なさと希望を見たわたしは、気に入ってしまった。

YOU WERE NEVER REALLY HERE
90分、イギリス、2017
監督・脚本:リン・ラムジー、製作:パスカル・コシュトゥーほか、原作:ジョナサン・エイムズ、撮影:トム・タウネンド、音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ、ジョン・ドーマン、アレックス・マネット、アレッサンドロ・ニヴォラ