吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛

 時は17世紀、オランダはチューリップ・バブルに沸いていた。世界初のバブル景気として有名なチューリップの先物買いの高騰ぶりは過熱の上にも過熱し、球根1個が邸宅2軒分の値段で取引されたという。その時代はまた絵画もバブル状態で、裕福な多くのオランダ人たちは画家を雇って肖像画を描かせていた。ちょうど、フェルメールが画家として仕事をしていた時期と重なるが、フェルメールの全盛期はチューリップバブルがはじけた後である。

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 というような時代背景がわかっていてもいなくても、この映画にはフェルメール作品へのオマージュが随所に見られて、とりわけヒロインが着用する目の覚めるような青いドレスが強く印象に残る。チューリップバブルがはじけたのは1637年なので、この物語はそのころのオランダの港町を描いている。

 ヒロインは修道院で育った孤児のソフィア。美しい彼女は金持ちの商人のもとに嫁ぐことによって修道院を出ていく。父親ほどの年齢差のある夫はひたすら跡継ぎの息子を欲しがった。夫はそれなりに妻ソフィアを大切に扱い、ソフィアもまた報恩の気持ちで懐妊を望んだが、結婚後3年が過ぎても子どもは授からなかった。そんな時に夫が自分たちの肖像画を描かせるために若い画家を雇うことになった。屋敷にやってきた画家ヤン・ファン・ロースとソフィアはたちまち恋に落ちる。許されざる恋人たちは、驚くべき計画を実行に移す。。。。
 ソフィアとヤンの若いカップルは人目を忍んで体を合わせる。一方、ソフィアのメイドであるマリアは出入りの魚商人ウィレムと愛し合い、大らかな性愛を謳歌する。ソフィアが痩せて神経質そうな表情でいつも夫の機嫌を伺うような様子なのと対照的に、マリアはふくよかな身体と輝くような白い肌を持ち、ウェレムとの恋にはじけた笑顔をみせる。どちらが幸せなのかは明らかだ。豊かな生活を送る令夫人よりも、メイドのマリアのほうが生きる力に満ちている。だが、そのマリアにも不幸が近づいてきていた。マリアとの結婚資金のためにウィレムはチューリップで儲けようとするのだが、その目論見のせいで彼は消息不明の身となってしまう。 

 映画の時代考証がどこまで正確なのかはわからないが、オランダの活気あふれる港町の様子がとてもよく描けていて、また、チューリップの取引が酒場の中で開かれていたことも興味深い。この物語はメイドのマリアの独白が冒頭に置かれ、自分と女主人の運命が逆転することを観客に告げる。わたしはどこで彼らの運命が逆転するのかと固唾を飲んで見守ることとなる。ストーリー展開は緊張に満ちて、サスペンスの様相も呈している。まったく飽きることなくぐいぐいとひきつけられていく。


 自らへの深い愛を知った時、狂おしい恋は冷める。愛は時間をかけて育てるもの。嵐のように過ぎた恋の季節の後にやってくるものはなんだろう。悲恋を描いた作品にもかかわらず、豊かな実りを神に感謝したくなるような感情が後に残る。
 やり手婆みたいな修道院長を演じたジュディ・デンチがさすがの貫録をみせていた。

TULIP FEVER
105分、アメリカ/イギリス、2017
監督:ジャスティン・チャドウィック、製作:アリソン・オーウェン、原作:デボラ・モガー『チューリップ熱』、脚本:デボラ・モガー、トム・ストッパード、音楽:ダニー・エルフマン
出演:アリシア・ヴィカンダー、デイン・デハーン、ジャック・オコンネル、ホリデイ・グレインジャー、トム・ホランダージュディ・デンチクリストフ・ヴァルツ