吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ラブストーリーズ コナーの涙 / エリーの愛情

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 幼児を亡くしたことによって関係が崩壊し別れていく一組の夫婦の悲しい物語。愛し合いながらも心が離れていくのを止めようがない。そんな二人をそれぞれの立場から描いた別々の作品として完成させている。
 2作を1セットとして描くという試みはなかなか斬新だが、一つの話を複数の視点から描く手法じたいは珍しくない。これ、2作とも見ないと結論が変わってしまう可能性がある。そういう点では、ある「企み」がある作品だ。しかも、面白いことに同じ話を2回単純に繰り返すわけでもなく、夫しか経験していない場面、妻しか登場しない場面もあるし、二人が登場する同じ場面のはずでも微妙にセリフが異なっていたりして、男女の記憶の残り方が違うことが興味深い。これは男性・女性の特質ではなく、人は自分に都合のよいようにしか記憶を残さないという例なのだろう。
 そして、選択された記憶はすべて妻のエリナーが夫のコナーから離れていこうとする過程を描いている。つまり、別れたがっているのはエリナーであり、コナーはエリナーを追いかけて引きとどめようと懸命にあがく。この一方通行が悲しい。エリナーが一瞬コナーに戻りかけてもまた振り出しに戻り。エリナーはずっと精神が安定せず、悲しみの中にいる。その悲しみからの立ち直りのために大学へ復学したりするのだが、彼女の学問はそれじたいが目的ではないように見えて、そこがわたしには残念に思えた。
 コナーは小さいながらもレストランのオーナーであり、仕事は極めて不調だが、それでも社会的な関係性の中で生きている。一方エリナーが働いてる様子はうかがえず、どうやら彼女は学生時代に妊娠したため学業を断念し、そのまま主婦をしていた模様。男には仕事があり女には子育てしかない。そんなときに子どもを亡くせば、女には生きるよすががない。二人のすれ違いはこういう状況から生まれたのではないかと想像できる。
 ストーリーを時系列に追えばそれほど複雑な話でもないのだが、子どもの死因は描かれず、彼らの過去もそれほど詳しく語られないこの作品では、人物の来歴や心境は観客の想像に委ねられている。そして、暗い場面が多いため、見ているほうも陰鬱な気分になってくるのだが、音楽がけだるくも美しく、過去と現在が一瞬交錯する場面の編集も巧みで、引き込まれていく。


 エリナーの髪に注目。彼女の髪形は二度変わり、その3つの髪形パターンによってその時の心境と時間の経過を表している。ばっさり断髪した時のショートカットがおしゃれだった。「コナーの涙」を先に見て正解だったと思う。

 ところで本作は図書館映画の一つ。エリナーの妹は司書として図書館でバイトしている。エリナーが妹の職場を訪ねるシーンがあり、その図書館にはスタッフ用の休憩コーナーがあった。

 また、博物館への言及もある映画だ。エリナーは大学教授から、ケ・ブランリーミュージアムへ行くようにと勧められる。その場面での字幕が「ケ・ブランリー美術館」となっていたが、ここは「博物館」と訳すべきではないか。人類学の最先端の研究ができるという触れ込みなのだから、美術館ではなく博物館と訳してほしい。と、この映画を観た8月には思ったのだが、その後、実際にケブランリー・ミュージアムを訪れて納得したことは、ここがまさに美術館であるという事実だった。すばらしくプリミティブな魅力に満ちたミュージアムだった。大好きなミュージアムの一つになった、記念すべきケ・ブランリー美術館。(U-Next)。

THE DISAPPEARANCE OF ELEANOR RIGBY: HIM
95分、アメリカ、2013
監督・脚本:ネッド・ベンソン
製作:カサンドラ・クルクンディス、ネッド・ベンソン、ジェシカ・チャステイン、音楽:サン・ラックス
出演:ジェームズ・マカヴォイジェシカ・チャステインキアラン・ハインズビル・ヘイダー、ニナ・アリアンダ、ウィリアム・ハートイザベル・ユペール

THE DISAPPEARANCE OF ELEANOR RIGBY: HER
105分