吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

運命は踊る

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 イスラエルに住む裕福な家庭のもとにある日突然軍の関係者がやってきて、「息子さんのヨナタンが昨夜亡くなりました」と告げる。その言葉を聞いた若く美しい母親は卒倒し、父親は冷静を装いながらも感情のやり場に困惑し、絶望に震える。だがそれは誤報であることがその日のうちにわかり、再びやってきた軍人たちに怒りを爆発させた父親は「今すぐ息子を連れ戻せ!」と怒鳴り散らす。軍の上層部にコネがあると吐き捨てる父親は激情のままに携帯電話を手に取った。息子を取り戻すために。
 いきなり衝撃的な場面から始まる本作は、最後までその緊張の高さを持続する。全体が三部に分かれた構成といい、強度の高い物語性といい、ギリシャ悲劇を思わせるものがある。原題は「フォックストロット」。アメリカで流行した簡単なステップの社交ダンスのことを指す。ボックス型に足を運び、元のところに戻ってくる。これは本作のテーマである「運命は帰るべきところに戻る」の隠喩である。映画の中でこのステップは3度登場する。これもまた三部作の三部それぞれに用意されたステップが異なる側面を見せ、観客に強いインパクトを残す。
 強いセリフのやりとりと激しい感情が行きかう第1部とうってかわり、第2部のヨナタンの赴任地ではあまりにも退屈な国境警備が描かれる。ヨナタンと同じく二十歳ぐらいの若い兵士4人が守る検問所では、ラクダがのんびりと通過するたびに遮断機を上げる。たまに通り過ぎる車を止めては身分証明書を確認する。それだけのことだが、彼らは検問を通過する人々に極めて冷淡な態度をとり、雨の中でも平気で通行人を立たせておく。だがある夜、いつものように退屈な警備の最中に事件が起きた。ヨナタンの運命が狂っていく。
 第3部、ヨナタンの二十歳の誕生日を祝うケーキを作る母親。罪を告白する父親は、その罪が自身を苦しめていたことをようやく妻に語るのだった。しかしそれは遅すぎた贖罪の言葉だったのかもしれない。
 ホロコーストの生存者の子孫であるヨナタンは、代々伝わる物語を仲間の兵士に語った。上級将校は「今は戦争をしているんだ。戦争ではなんでもありだ」と強面の表情を崩さずに冷淡に言い放った。すべてのセリフがこの国、イスラエルの歴史と現状を指し示す含蓄に満ちていて、時にユーモラスに、時に苦く観客の感情に響いてくる。
 他責の言葉は自らを撃つ。ホロコーストの被害者が強者へと生まれ変わろうとし、他責・他罰の思考に凝り固まり、夫が軍を妻が夫を責めたとき、運命の歯車はフォックストロットのステップとともに動き始めた。
 本作のカメラはしばしば天井から見下ろす位置をとる。それは運命を嘲笑うかのように、人知を超えたものの存在を知らしめるように、観客とともに神の位置を独占する。ラストシーンは巻頭のシーンと同じ、イスラエル北部の広野の一本道が映し出される。運命はどこに向かったのか。それはどうあがいても変えることができないものだったのだろうか。
 いつまでも余韻が残る作品。ベネチア映画祭で銀獅子賞受賞。

FOXTROT
113分、イスラエル/ドイツ/フランス/スイス、2017
監督・脚本:サミュエル・マオズ、音楽:オフィル・レイボビッチ、アミト・ポツナンスキー
出演:リオル・アシュケナージ、サラ・アドラーヨナタン・シライ、ゲフェン・バルカイ、デケル・アディン、シャウル・アミール、カリン・ウゴウスキー