吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

さらば愛しき大地

 巻頭のタイトルバックに映し出されるのは鹿島コンビナートの夜景。舞台は茨城県の農村で、茨城弁が飛び交い、納豆が元で家族喧嘩になるという、茨城色満載の映画だ。
 時代は1980年ごろ、主人公はとある農家の長男幸雄(根津甚八)で、農業は老親と妻に任せて本人は建設現場で働いている。彼は東京に出て行ってしまった次男への嫉妬に凝り固まっていて、自分が両親や家を支えているという自尊心を持っているのだが、そのプライドが少しでも傷つけられると大騒ぎして暴力沙汰を起こすような人間だ。ある日、幸雄の小学生の子どもが二人、事故死してしまった。嘆き悲しむ彼は事故の責任を妻になすりつけて暴れ、やがて愛人を作って家を出てしまう。砂利運搬の仕事を始めて羽振りがよくなるが、それも長続きはせず斜陽となり、いつしか覚せい剤に溺れていく。
 ダンプカーによる運搬作業、鹿島建設、鹿島コンビナート、変わりゆく農村風景が画面いっぱいに映し出される。緑一面の水田、広い空、ダンプカーの車列、といった壮観なカメラが美しい。一方、覚せい剤中毒になっていく幸雄の様子を丁寧に写しだしていく場面もまた鬼気迫るものがある。愛人を演じた秋吉久美子はこの当時28歳。美しい肢体を曝し、暴君の「夫」に仕えて幼い子ども二人の母となっていく姿を熱演している。愛人である秋吉久美子との生活を続ける幸雄は本妻のもとにはほとんど帰ることがない。
 徐々に仕事に行き詰っていく幸雄は、同時に覚せい剤の中毒症状が悪化し、幻覚を見るようになる。そしてついに悲劇を迎える。
 日本の近代化はとっくに達成されたはずの高度経済成長後期の日本社会にあっても、なおイタコが登場したり手作りの葬列が見られたり、といった古い慣習が残る都市近郊農村の様子が興味深い。
 主人公幸雄は親に甘え、妻に甘え、愛人に甘え、弟に甘え、暴力を振るうとんでもないクズ男だ。こんな破滅的人間がどうやって育ってきたのか、彼を支える愛人との共依存もまた、現代社会の宿痾として描かれる。豊かな緑に揺れる大地が、幸雄の心を蝕む。彼はこの大地に生まれ、大地に裏切られた。誰のせいなのか、誰にもわからない。
本作は建設現場や輸送労働を描く労働映画でもある。NPO法人働く文化ネットが選ぶ「日本の労働映画百選」では「農村社会/陸上輸送」に分類されている。1982年の『キネマ旬報』ベストテンで最優秀男優賞を受賞した根津甚八の演技も見もの。(レンタルDVD)

130分、日本、1982
製作・監督・脚本:柳町光男、撮影:田村正毅、音楽:横田年昭
出演:根津甚八秋吉久美子山口美也子佐々木すみ江蟹江敬三矢吹二朗