吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

悲しみに、こんにちは

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 父母を亡くした六歳のフリダは叔父夫妻に引き取られるために都会のバルセロナから田舎へと引っ越す。巻頭のこの場面でフリダは言葉もなく荷造りの箱を見つめ、黙って車に乗り込んでいく。その深い悲しみを目元に湛え、彼女はいつも何かに耐えているような表情を崩さない。
 舞台は一九九三年のスペイン、カタルーニャ地方。山に囲まれた一軒家で四歳の従妹アナとともに遊ぶフリダのひと夏を描く。その夏休みはフリダにとって永遠に忘れられないものとなる。
 新しい家族に迎えられて自分の位置取りを探るフリダの不安を、わずかなセリフと彼女の表情によって豊かに表現した演出のすばらしさに脱帽だ。
 フリダの母の死因は何か、フリダはなぜ病院で血液検査を繰り返すのか。フリダがケガをしたら周囲が大騒ぎするのはなぜなのか。映画はなにも説明しないが、観客にはフリダの両親がエイズで亡くなったことが伝わる。だが、フリダは母の死を半信半疑で受け止め、いつか蘇ると信じてマリア像に祈っている。
 フリダとアナの二人は森に遊び水辺ではしゃぎ、バスタブでふざけ、一つのベッドで眠る。本当の姉妹のように仲の良い二人の、食べてしまいたいくらいの愛らしさに目を奪われる。
 だがどんなに仲良し姉妹でも叔父夫婦がやさしい「両親」でも、フリダは心を開けない。いつの間にか叔父夫婦をパパ・ママと呼ぶようになったが、アナと新しい両親を凝視するフリダの不安な瞳は、言葉で表現できない悲しみと孤独を表出させている。
 ほんの出来心でアナに意地悪をするフリダ。わがままや好き嫌いを言うフリダ。それはその年頃の子どもならだれもが覚えがあることだろう。同時に、年下の子どもに対する責任感もまた芽生える時期だ。
 フリダはわたしだ、と画面に向かって何度も呟きたくなるような切ない思い出が去来する。そして、フリダは決して涙を見せない気丈な子どもだということにふと気づく。
監督自身の体験をもとに作られたという本作は、個人の記憶を超えて普遍へと開かれている。災害続きの日本でも、身近な人を亡くした子どもたちが何人もいる。彼らが悲しみを解き放つためには何が必要なのだろう。その答えの一つをこの映画は静かに差し出している。
 言葉の持つ力、肌の温かさ、そして感情の放出。これらへの信頼が底流する本作は、新しい才能を世界に示してくれた。ありがとう、と言いたくなるような映画だ。

SUMMER 1993
100分、スペイン、2017
監督・脚本:カルラ・シモン
出演:ライア・アルティガス、パウラ・ロブレス、ダビ・ベルダゲル、ブルーナ・クシ