吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

あの日 あの時 愛の記憶

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 アウシュヴィッツで出会ったポーランド政治犯の男とドイツ系ユダヤ人の女。男はどういうわけか収容所内でカポのような役目を担っていたのか、ドイツ兵に賄賂をわたし、それなりの厚遇を得ることができていた。男女が別々に収容されているはずの収容所内で二人は密会し、愛し合い、女は妊娠する。やがて二人は命がけで収容所を脱出する。1944年のアウシュヴィッツのハンナは虐げられている囚人とは思えないほどの色香がある。
 この脱出劇がたいそう緊迫感に満ちている。物語は現在のニューヨークに住むハンナと過去のハンナとのカットバックで進み、二人が無事に脱出できたことは観客も知っているのにもかかわらず、手に汗握ってしまう。そしてそんな二人が生き別れになり、互いが死んだと思い込んで30年が過ぎていた。
 この30年はハンナにとってどんな年月だったのだろう。優しい夫と愛し合い、娘も授かったというのに、そして、夫は成功した研究者として表彰されたというのに、その祝賀パーティを自宅で開いているその夜に、ハンナは気もそぞろになってかつての恋人の行方を必死に探る。それは、どうしても会わねばならない恋人だったのだ。どうしても決着をつけねばならない愛だったのだ。極限状態で芽生えた愛は、死と隣り合わせの瞬間を共有し、刹那の愛欲に溺れためくるめく記憶を共にした稀有なものとして、彼女の核の中に深く浸染していた。
 これが40年後や50年後ならどうなっていただろう。二人は30年後に再会する。そのあまりにもあっけないラストシーンが深い余韻に満たされて、言葉にできない30数年の思いをハンナの視線に語らせていた。こんな実話があったなんて、奇跡のようだ。愛はいつも奇跡を生む。愛する人を生き延びさせたいと思う気持ちが彼女を救い、その想いを受け止めた女は30年経っても男を捜す。
 戦争の傷は時と共に癒えるものではない、とわたしの友人の医者が語っていた。老人病院の入院患者は、死を間際にして戦場の記憶にさいなまれ、悪夢にうなされ、時にいきなり戦場での残虐行為の懺悔を始めたりしたという。
 これもまた静かな反戦映画だ。そして、愛の記憶が人を突き動かすことを、思いもかけぬ行動へと走らせ、そしておそらくその後の人生に大きな意味を投げかけることを教えてくれた。(レンタルDVD)

DIE VERLORENE ZEIT
111分、ドイツ、2011
監督:アンナ・ジャスティス、脚本:パメラ・カッツ、音楽:ユリアン・マース,クリストフ・カイザー
出演:アリス・ドワイヤー、そのマテウス・ダミエッキ、ダグマー・マンツェル、レヒ・マツキェヴィッチュ、スザンヌ・ロタール、デヴィッド・ラッシュ