吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

蝶の眠り

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 韓国人監督が脚本を書き、日本でロケしたラブストーリー。ヒロインがアルツハイマー病を発症しているという設定は韓国映画私の頭の中の消しゴム」と同じだが、こちらはヒロインの年齢が高く、すでに五十代になっている。主役の中山美穂はあまりにもスタイルがよく顔も美しく、とても五十代には見えない(実際彼女は四十代)ので、年下の青年との恋愛も無理なく説得力がある。「私の頭の中の消しゴム」と同じく本作もアルツハイマー病の女性が美しく撮られすぎているのが気になるが、「愛の記憶の物語」として、そして本をめぐる物語として、本の好きな人間の琴線に触れるものがある。
 主人公涼子は非常勤講師を引き受けた大学の教え子と恋に落ちる。彼は韓国からの留学生で、日本文学を愛し、作家になることを夢見ている。歳の差を乗り越えて二人は愛し合うが、涼子のアルツハイマー病が徐々に進行していく。タイトルの「蝶の眠り」は、蝶が羽を広げたように手を上に上げて無防備に眠る姿を示す韓国語だ。涼子はそのようにあどけない姿で眠っている。それがまた年下の恋人の心をくすぐるのだ。
 この映画には観客の心をつかむ魅力がいくつもあり、その一つが涼子の家だ。建築家の自宅を借りてロケしたというその家の、世界に向かって開かれた風情が落ち着きをもたらす。そしてもう一つ。涼子の着ている服が素晴らしくおしゃれ。中山美穂が見事に着こなしていて、ため息が出る。
 本作はまた図書館映画でもある。作家である涼子の家には大量の本が書架に並べられている。それは著者別・年代別に整序され配架されているのだが、涼子はそれが気に入らない。どこにどの本があるのかわかってしまうのは新鮮な感動がない。思い切って配架を色で分けてしまおう。なんという斬新な試み。そんなことをしたらどこにどんな本があるのかわからないし、探せない。でもそれがいいのだ、と涼子は言う。本との思わぬ出会いはときめきを生む。そこには、本に恋した女の密かな喜びがあるのだ。
 劇中劇として登場する小説のタイトルは『永遠の記憶』、これが映像として繰り広げられると「夏の終り」(瀬戸内寂聴原作、熊切和嘉監督、2012年)を想起させる。チョン・ジェウン監督が「夏の終り」を参照したのかオマージュを捧げたのかどうかはわからないが、昭和前半の雰囲気を漂わせている点が似ているし、「永遠の記憶」のヒロインが植物の画を描いているところも「夏の終り」のヒロインの染織作家という職業を彷彿とさせる。この気だるい劇中劇が映画全体の雰囲気を一層ファンタジーめいたものにしている。そう、この作品はリアリティを追い求めてなんかいない。ひたすら映画的に美しい物語を紡いでいるのだ。

 綾峰涼子が説く小説論に説得力があるのかどうか疑問に思ったが、それは彼女の持論、つまりチョン・ジェウン監督の持論なのだろう。中山美穂のファンには特にお薦めの、切なくて心が洗われるラブストーリー。

112分、日本、2017
監督・脚本:チョン・ジェウン音楽監督新垣隆、ストーリー: 藤井清美、エンディングテーマ曲: 根津まなみ『朝焼けの中で』、劇中小説: 藤井清美

出演:中山美穂キム・ジェウク菅田俊永瀬正敏