フィギュアスケート選手のナンシー・ケリガンが襲撃された事件のことは覚えていたが、「真相」なるものは知らなかったし、ましてやトーニャ・ハーディがその後どうしているかもまったく興味がなかったのだが、アカデミー賞効果は絶大で、トーニャの鬼母を演じたアリソン・ジャネイが助演女優賞を獲ったとか主演のマーゴット・ロビーもノミネートされていたとか聞くと、つい見たくなる。
結論からいうと、実に面白かった。編集と撮影が見事で、マーゴット・ロビーもスケートの猛特訓の成果を存分に見せているし、大変よろしい。でも映画館では大きな鼾をかいているおじ(い)さんがいたのが耳障りだった。
映画は、事件の関係者たちがインタビューに答えていく場面と過去の再現ドラマの組み合わせで真相をあぶりだすという仕組み。セリフが笑えるし、会話の間合いが絶妙で、トーニャの母の強烈なキャラクターが夢に出てきそうなほど可笑しい。下品で暴力的で利己的な母に育てられたトーニャは、スケートの才能を母に貪られたわけだが、母の言い分は逆だ。母子家庭の貧しい家計はみなスケート代に消えたと怒っている。彼女はいつも怒っている。
インタビューはフェイクというか、実際のインタビューを俳優が再現しているのだが、当事者たちの言い分の食い違いが面白く、編集が上手いのでサクサクと進む話のテンポがよい。懐かしいポップミュージックもユーモラスで、テンションを高める効果をあげている。ただし、主演のマーゴット・ロビーは老け顔なので、15歳を演じたときはさすがに苦しかった。DV男と結婚して、別れたりくっついたりと忙しい日々を過ごすトーニャは、高校も中退してスケート一筋の生活を送っていた。やがて全米チャンピオンになり、アメリカ人で初のトリプルアクセルを跳んだ女性になる。彼女の氷上シーンはダイナミックで、迫力あるカメラの動きに爽快感があふれる。よくぞ滑れるようになったもんだと驚くばかりのマーゴット・ロビーの頑張りぶりだ。さすがにトリプルアクセルはCGらしいけど。
この事件の真相が映画に描かれた通りだとすると実にバカバカしい。頭の悪い人間が集まると、文殊の知恵ならぬ幼稚園児の暴走みたいな犯罪が生まれる。貧困、暴力、上昇志向、怠惰、いろんな否定面が混ざり合ってこの事件は起きた。そして一人の才能あるスケーターは競技人生を永久に奪われてしまった。彼女自身の責任もあるだろうし、母親の育て方が大問題だったという指摘も可能だが、本を正せば誰が悪かったのだろう。鬼母だって彼女自身の鬼母に育てられたのだろう。暴力は連鎖するとはこのことか。誰もがトーニャのような才能に恵まれるわけではないが、多くの人が暴力や貧困にさらされる。その両方を身に着けて大人になってしまったトーニャの悲劇が鮮やかに描かれる本作は、ある意味笑劇の社会派作品である。
ラストシーンで関係者一同の本人たちが登場する。これがまた興味深い。トーニャ・ハーディの本物のトリプルアクセルは涙をそそる。
I, TONYA
120分、アメリカ、2017
監督:クレイグ・ギレスピー、脚本:スティーヴン・ロジャース、撮影:ニコラス・カラカトサニス、音楽:ピーター・ナシェル
出演:マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、ジュリアンヌ・ニコルソン、ボビー・カナヴェイル、アリソン・ジャネイ