吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

予告犯

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 派遣労働者が職場でいじめに遭って退職。やがて住むところもなくなってネットカフェを転々とする日雇い労働者へと転落する。その結果、社会に対する憎悪を募らせた彼は仲間を引き込んで、ネットで次々と犯罪予告動画を流し、実行していく。その姿は新聞紙を被った紫頭巾かISのテロリストのようだが、どこか間が抜けている。
 という大筋の話は、昨今の派遣切りだの職場のいじめだの格差社会だのといった労働情勢を背景に描いてあるという点で本作は労働映画の一つと言える。 
 映画の冒頭で、いきなりこの予告犯の姿が映る。予告1、予告2、予告3、とネットに公開された動画が度重なるたびに視聴者数はうなぎのぼりになり、Twitterでの投稿も増えていく。そのTwitter投稿の文字が画面を流れる演出は「白雪姫殺人事件」で中村義洋監督が使った手法だ。ネット社会の病理と劇場型犯罪のカップリングといい、社会派作品としての風格がある映画だ。しかし、残念ながら底辺に追いやられた青年たちの反撃が、復讐と犯罪という結果になることはとうてい納得しがたい。団結して闘えよ、若者たち!と思わずわたしは画面に向かって叫びそうになった。確かに彼らは自らの境遇からの脱出をかけて団結する。しかし、その結果が、復讐心に燃えて「正義」を盾に犯罪を犯すことになるというのはいかがなものか。

 予告犯は4人だ。彼らが孤独な闘いではなく、仲間とともに結束力を見せたところがせめてもの救いだ。そして、なぜ犯罪企業や悪徳政治家を断罪するネット犯罪を犯したのか、その本当の目的が明らかになった時点で、観客は思わず涙ぐむ。そんなことのためにそんな大掛かりな罪を犯したのか。でも、それは確かにありえることかもしれない。
 「給食費を払えないぐらい貧しい生活から必死で這い上がった人間だっているのに、自分たちが貧しいことを社会のせいにするな」と叫ぶ女刑事の言葉に答えた主人公のつぶやきは、「頑張れるだけ幸せだったんですよ、あなたは」という言葉だった。いや、それは主人公予告犯の言葉ではない。自己責任論を信じる東大卒の刑事の脳内に響いた言葉なのだ。彼女の過去はわずかに描かれるだけだが、貧しい少女時代、いじめを受けたけれど必死に勉強して東大法学部に行った、でも大学では一人も友達はいなかった、そんな寂しい悲しい彼女の過去が垣間見える。

 本作が今の社会の縮図を切り取り、その病理を描いた点では評価できる。最後の暖かな笑顔が流れるラストシーンを感傷に流れる甘い結末と批判するか、わずかでもほっとできる場面として心に残る救いを良しとするか。人によって評価は分かれるだろう。わたしは、彼らが団結して闘う相手すら見失ったという悲しい末路に、今の時代の絶望を見た。と同時に、仲間を思いやる気持ちがあることに救われる。本当の救いは、その連帯意識を外に向けたときに広がる展望だろう。それを彼らに見せてやれない大人のわたしたちの責任は重い。(レンタルDVD)

119分、日本、2015
監督:中村義洋、原作:筒井哲也、脚本:林民夫、撮影:相馬大輔、音楽:大間々昂
出演:生田斗真戸田恵梨香鈴木亮平濱田岳宅間孝行、坂口健太郎小松菜奈福山康平名高達男小日向文世、寺原慎一