吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

はじまりの街

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 DV夫から逃れて新生活を始めた中年女性とその13歳の息子が、周囲の人々に支えられて確かな一歩を踏み出すまでの物語。
 ローマから北イタリアのトリノへと、学生時代からの友人をたよってやってきたのはアンナとその一人息子のヴァレリオ。独身で気ままに暮らすカルラのアパートの一部屋を間借りする形で住み込み始めたアンナは、清掃の仕事を見つけてやっと落ち着いてきたとホッとする。しかし、ヴァレリオは父と離れ、友達もいない見知らぬ土地で孤独を募らせ、自転車で街中を走り回るだけの毎日を過ごしていた。
 映画は巻頭でアンナの家庭が崩壊するさまをほんの数カットで描く。DVといっても、その過酷さはほとんど描かれない。ちょっと殴られただけなら家に帰ればいいのに、と観客は考えてしまうかもしれない。そのように感じるからこそ、ヴァレリオが「家に帰りたい。パパと仲直りはしないの?」と泣訴する様にも同情してしまう。しかし、マリアは夫に新しい住所を知らせていないぐらい、夫の暴力におびえているのだ。ここを理解できるかどうかが、状況の深刻さが観客に伝わるかどうかの分かれ目。
 美しいマリアには言い寄る男も現れるが、その強引な口説きがまたマリアを戸惑わせる。もう暴力はこりごりなのに! マリアは簡単に男に頼らない。お金も仕事もないけれど、なんとか自立して生活していこうと懸命に努力する。夜遅くまで仕事のある清掃員になったマリアは、トリノ大学の広いホールの床を磨き、コンピュータールームを清掃する。その懸命に働く姿は尊い。ロケ地にここを選んだのは正解で、大学ホールの巨大な絵が印象に残る。
 一方、ヴァレリオは外国人街娼に淡い恋心を抱き、彼女との「デート」にウキウキするが、それは所詮は叶わぬ恋。傷つき荒れるヴァレリオを演じた子役がとても魅力的で、大きな瞳に吸い寄せられる。ヴァレリオとマリアをさりげなく支えてくれる食堂のマスターがまた渋くて魅力的で、これまた過去に傷を負った男、という設定。いろいろとありがちなストーリー展開だが、数ある人情話のなかでも、女性が自立にむけて女同士の助け合いで奮闘する清々しさがこの映画の魅力だ。トリノの街の紅葉も美しく、国立映画博物館が登場する点も興味深く、行ってみたいと思わせる。気のいい友人カルラを演じたバレリア・ゴリノはこの作品の演技でイタリア・アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたという。
 女性賛歌の物語はシャーリー・バッシーの堂々たる絶唱”This is my life”で幕を閉じる。この懐メロも大仰な歌曲だが、この映画のラストに相応しい。彼女たちの人生はまだまだこれからだ。物語は始まったばかり。 

LA VITA POSSIBILE
107分、イタリア/フランス、2016
監督:イヴァーノ・デ・マッテオ
脚本:ヴァレンティナ・フェルランイヴァーノ・デ・マッテオ
撮影:ドゥッチョ・チマッティ
音楽:フランチェスコ・チェラージ
出演:マルゲリータ・ブイ、ヴァレリア・ゴリノアンドレア・ピットリーノ、
カテリーナ・シュルハ、ブリュノ・トデスキーニ