吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

アトミック・ブロンド

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 動物の中で、人だけが時間の概念を持つという。それはすなわち未来(死)を予測し、過去を振り返り、記憶と忘却とを繰り返す存在ということだ。
 本作の舞台は一九八九年のベルリン。まさにベルリンの壁が崩壊するというその時に、東西国境を行きかうスパイが暗躍する最後の瞬間に立ち会った剛腕女スパイが見たものはなにか。
 ベルリンの壁崩壊から一気に社会主義体制は崩れ、やがてソビエト連邦の解体へと続いて東西冷戦は終結する。しかし、その現代史を画する一九八九年十一月のことをわたしはすっかり忘れていることに、この映画を見て気づき、愕然とした。
ベルリンの壁は一九六一年に東ドイツによって一晩で築かれ、八九年に同じく一夜のうちに崩壊した。その歴史的事実はもちろん忘れはしないのに、細部はもう忘却の彼方だ。この映画はあの時代の音楽、あの時代のファッション、あの時代の色彩をふんだんに取り入れて、観客を一九八九年に連れていく。
 冷戦の最後のあだ花のように咲いた冷酷無比な美貌のスパイの活劇には、昨今見たことのない痛快な大立ち回りがこれでもかとばかり炸裂する。シャーリーズ・セロンが長い手足を振り回して男たちを次々に倒していく。一瞬のためらいもなくピンヒールで男を殴り殺す様は冷や汗が出るぐらい爽快だ。
 シャーリーズ・セロンは厳しい訓練を積んでアクションシーンをすべて自身でこなしたという。彼女が演じるヒロインはため息がでるようなハイセンスのファッションに身を包み、モデル歩きで街を闊歩し、無敵の強さと色気を発散して「女007」の異名に相応しい活躍を見せる。
 セロンとがっぷり四つに組むのは、見るからに怪しいジェームズ・マカヴォイ。ヒロインと同じく英国MI6のスパイだ。彼らの任務は、敵の手に奪われた自国スパイのリストを取り戻すこと。組織内に二重スパイがいることは明らかだ。誰が二重スパイなのか、見つけ次第始末することも我が女スパイの極秘任務であった。
 誰も彼もが怪しく見えてくる騙し合いの末、身体を張った壮絶な闘いで満身創痍となったヒロインがどんどん傷だらけになっていく様子は、痛々しくも不思議に美しい。
 アクション、アクション、ロマンス、ファッション、ファンキーな音楽。カメラの動きと編集の技も冴えたこれぞ娯楽作の殿堂。東欧革命の激動の日々も活写され、東ベルリン市民のデモや壁が打ち壊されるシーンに現代史の感慨が蘇る。この物語がなぜ一九八九年を舞台に選んだのか、忘却していたことを思い出させてくれる契機にもなる作品として、単なる娯楽作を超えた面白さがある。
 さて、最後に最強スパイの名前を告げよう。ロレーン・ブロートン。シリーズものになること間違いなしの怪作。

ATOMIC BLONDE
115分、アメリカ、2017
監督:デヴィッド・リーチ、製作:エリック・ギターほか、原作:アントニー・ジョンストン、サム・ハート、脚本:カート・ジョンスタッド、音楽:タイラー・ベイツ
出演:シャーリーズ・セロンジェームズ・マカヴォイジョン・グッドマンティル・シュヴァイガー、ビル・スカルスガルド、サム・ハーグレイヴ、トビー・ジョーンズ