吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

岸辺の旅

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 最近幽霊づいている黒沢清監督作。幽霊が出てくるといっても別にホラーではないので、ちっとも怖くない。ちょっと「今、会いに行きます」系の雰囲気もある。あれはタイムスリップだったけど、こちらはあの世とこの世を彷徨う話。
 主人公は深津絵里が演じるまだ若い人妻・瑞希(みずき)で、彼女の夫・優介は3年前から行方不明。ある夜突然その夫が帰ってくるのだが、本人は「おれもう、死んでるんだ」と言う。死んでいるけど、生きている時と何も変わらない姿で、ひょこっと帰ってきたのだ。浅野忠信は相変わらず浅野忠信で、実にひょうひょうとこの優介を演じる。幽霊なのに存在感ありすぎ。ちゃんと体重もあるし、普通にご飯を食べるし。でもやっぱり幽霊だから、普通の人には見えないわからないことがわかったりする。優介がこの三年間世話になった人を訪ねていく旅では、何度も死者に出会う。死者はこの世に未練を残し、自分が死んだことも気づかない者すらいる。世の中にはこんなに死んだ人がウロウロしていたのか、驚くばかりである。

 優介と瑞希の旅はたびたび中断する。ひょっとしたらこれは全部、瑞希の夢だったのではないかと思えてくるぐらい、その中断は突然であり、物語全体が茫洋としている。しかし、さすがは黒沢清作品だけあって、なんということのない場面でも人を怖がらせるような仕掛けがある。それは大仰な音楽であったり、これ見よがしな照明であったりするのだが、それでもこれまでの黒沢作品に比べれば随分牧歌的だ。
 この世に残した未練はどのように昇華されるのだろう。生きているうちに理解し合えることがなかった夫婦の絆はどのように結べるのだろう。いまさら、なのか、今だから、なのか。
 死んでからでなければ理解し合えないような関係は無意味だ、とわたしは思う。生きているうちに愛する人に本当のことを告げるべき(「愛している」という簡単な一言)であり、お互いの気持ちを伝えあうべきだ。言いたいことも言わず我慢するのはお互いにとってよくないのだ。この夫婦の場合、生きているときになにがあったのかは映画の中では明らかにされない。しかし、おそらくいろんな行き違いがあったのだろうことは想像できる。


 生者と死者がふつうに行きかう世界が日本では当たり前のことなのだ、と改めて実感した民俗的な作品だった。 

 幽霊よりもなによりも、生きている蒼井優の笑顔がいちばん怖かった。(ネット配信)

128分、日本/フランス、2015

監督:黒沢清、製作:畠中達郎ほか、原作:湯本香樹実、脚本:宇治田隆史、黒沢清、音楽:大友良英、江藤直子
出演:深津絵里浅野忠信小松政夫村岡希美奥貫薫蒼井優柄本明