吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

マンチェスター・バイ・ザ・シー

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 喪失から立ち直ろうとする人々の心の動きを静かに、しみじみと描き出す佳作。それにしても邦題は英語そのままって何の工夫もないのはいただけない。マンチェスターというタイトルにすっかりイギリス映画だと騙されたが、これはアメリカの小さな港町の名称である。なんと、このタイトルそのものが正式な町名なのだって。だから主人公は人間ではなく、町そのものなのだ。
 物語の始まりは雪の積もるボストン。アパート管理業務の便利屋をしているリーは腕はいいが不愛想で、住人からしょっちゅうクレームをつけられている。そんな彼のもとに兄が倒れたという知らせが入る。生まれ故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーまで車で1時間半。運転しながら彼の脳裏には過去のさまざまな思い出が去来していた……。
 物語はゆっくりと進む。いったいどこに向かっているのか、何を描いているのかよくわからない。そして過去の場面がいきなり挿入されるので、映画を見慣れていない観客は戸惑うだろう。リーがつらい過去を体験した人である、ということが徐々に明らかにされていく過程が秀逸だ。画面がいきなり過去に戻るところは、まさに記憶が主人公リーを襲う瞬間であり、記憶の亡霊が彼に取りついている瞬間なのだ。
 兄は結局、持病の心臓病の悪化によってあっけなくこの世を去ってしまった。残された一人息子、すなわちリーにとってはたった一人の甥っ子がこれからはリーの家族となる。兄は自分の余命が短いことを知っていたので、息子(リーの甥)の後見人をリーに指名する遺言状を残していた。誰からも好かれた好人物であった兄に比べて、リーは不愛想で短気で喧嘩っ早い。しかしこれとて彼の生来の性格ではなかったことが徐々に明らかになる。それほど、リーは凄惨な体験に打ちのめされてきたのだ。
 リーをめぐる人々との会話やさりげないしぐさ、モゴモゴと何をしゃべっているのかよく聞き取れないリーの陰気なしゃべり方といい、脚本と演出が実に巧みだ。少しずつ解きほぐされていく過去の悲しみによって、リーの心理が手に取るように観客に伝わり、彼のつらさが観る者の心に響いてくる。リーの前妻・ランディを演じたミシェル・ウィリアムズの演技のうまさに改めて舌を巻いた。ほんとうに彼女はいい役者だ。 
 人は喪失からそんなに簡単には立ち直れない。それでいいのだ。時間が癒してくれる、などという安易な言葉で慰めを言うことも意味がないかもしれない。そんな状況をこの映画は静かに、そしてリアルに観客に示した。

MANCHESTER BY THE SEA
137分、アメリカ、2016
監督・脚本:ケネス・ロナーガン、製作:キンバリー・スチュワード、マット・ディモンほか、撮影:ジョディ・リー・ライプス、音楽:レスリー・バーバー
出演:ケイシー・アフレックミシェル・ウィリアムズカイル・チャンドラーグレッチェン・モル