吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

夜空はいつでも最高密度の青色だ

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 原作が詩集というのは驚きだ。詩を映画にするなんてチャレンジングな試みにまずは敬意を表したい。原作と言いながらその詩集にはストーリーがないのだから、主人公たちは登場しない。詩にインスパイアされた、まったく新しいストーリーを石井裕也(監督・脚本)が生み出したのである。都会に住む若者の寄る辺ない感性があふれた原作詩集から、一組のカップルがおずおずと距離を縮めていく恋愛物語を編み出した。不器用に互いの気持ちを差し出すことしかできない、でもきっとわかりあえるという確実な予感が二人を包む、そんな関係を静かに、時に絶妙のユーモアを交えて描いた。
 ヒロイン美香は昼間は看護師、夜はガールズバーでバイトをしている。彼女の周りにはいつも死があり、その状況になかなか慣れることができない。美香の独白が最果タヒの原作詩集から引用されている。新人女優を起用した配役には新鮮味があるが、やや活舌が悪いためせっかくの詩が聞き取りにくいところがあるのは残念。

 これは労働映画でもある。ビル建設工事の日雇い労働者慎二が主人公なのだ。そして、彼の周りには少しだけ年上の生意気そうな青年と、腰を痛めている中年と、フィリピン人という3人の同僚がいつもたむろする。フィリピン人だけが外国人研修生枠なので「正社員」ということになっている。この年齢も国籍も異なる4人の配置も絶妙にうまく、多くを説明しなくても彼らが抱えた背景が観客に理解できるように練られた脚本もよい。
 大都会東京の真ん中で進む建設ラッシュも東京オリンピックが終わればどうなるかわからない。そんな現実を反映したセリフが日雇い労働者たちの口から洩れる。現場には「全国労働衛生週間」の幟も見えているが、当然にもケガの多い職場だから、彼らはいろいろと負傷する。わたしは、ちゃんと労災保険を適用したのか要らぬ心配をしてしまった。
 老人の孤独死、街角で歌う下手な歌手、先の見えない日雇い労働、さまざまな社会問題や都市の断片を垣間見せながらいろんな人たちが少しずつ繋がり、時に喧嘩しながらも互いを思いやり、また離れていく様子を巧みな編集で見せる。原作が詩集ということもあって、映像もまた詩的で情緒的であり、それがまた絶妙にうまい。都会の夜を切り取った色彩感覚にも感動した。
 石井監督は「舟を編む」以来、どんどんうまくなる。まだ33歳だから、これからますます楽しみだ。

108分、日本、2017
監督・脚本:石井裕也、原作:最果タヒ
出演:石橋静河池松壮亮三浦貴大市川実日子松田龍平田中哲司