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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~

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 イタリア最南端の小さな島、ランペドゥーサ島は人口5500。その島にアフリカからの難民がその10倍押し寄せる。このドキュメンタリーは、島の人々の生活と決して交わることのない難民の悲惨な境遇を静かに描き出す。

 巻頭、中学生ぐらいの少年が一人で木登りや手製のおもちゃで遊んでいる様子が映し出される。セリフもほとんどなく、いったい何を狙っているのかわからない撮影だ。とはいえ、ここが海に囲まれた小さな島で、のどかな田舎暮らしの人々が住んでいることがわかる。しかしその島には年間5万人を超える難民が流れ着く。彼らが乗った船から救難信号が発せられれば、島に待機している救助艇が急行するが、間に合わずに船内は大量の遺体だらけ、という凄惨な事態も起きる。

 アフリカからの難民と、シリアなどから逃れてきた難民が悲惨な状況で救助されたり死んでしまったりという阿鼻叫喚のような光景が映し出されるというのに、どうしたことだろう、この映画はあまりにも静かすぎるのだ。どこまでも澄み切った美しい海と空と乾いた草原が広がる風景に溶け込んで静かに質素に暮らす島民の生活は、決して貧しくはない。立派な家に住み、手作りのトマトソースで彩られたパスタを食べ、清潔にしつらえられたベッドで眠る。そんなありふれた田園漁村の風景と並行して、戦火を逃れ亡命し逃亡する難民たちの涙と恐怖と乾きと病が観客の目の前に差し出される。これをどう考えればよいのか?

 あまりにも静かで淡々とした映画であるがゆえに、わたしは眠くなる。つい退屈してしまう。と同時に「悲惨な状況を目の前の画面に見ていながら退屈するとはどういうことか」と後ろめたさにいたたまれなくなる。遠い地の出来事はしょせんは他人事なのだ。無意識にそう思っている自分に気づいてしまった驚きと、それを恥じる気持ちが交錯する。

 難民たちはただ無力でただ死を待つだけの人々なのだろうか。彼らには夢も人生の物語の主人公である誇りもないのだろうか。わたしはただ彼らに同情するだけなのだろうか。

 何も答えが見つからない重い重い映画に気持ちも腰も重くなる。死体だらけの難民船内に衝撃を受け、そんな事件とは無関係に少年たちが暮らす日々の生活に愕然とし、「人道救助」ってなんなのだ、と呆然とする、そんな映画。観客一人一人に突き付けられる居心地の悪さは格別だ。でも目を背けてはならないのだろう。そして、そんな状況を変えられる力は、実は難民たちしか持っていないのだ。かの国を脱出してきた人々がいつかは祖国に帰り、祖国を変えていくしか、道はないのではないか。

 「消費する」ことを許さない映画。

(2016)
FUOCOAMMARE
FIRE AT SEA
114分
イタリア/フランス
監督:
ジャンフランコ・ロージ