次々と画面に出てくる料理がとにかくおいしそうでたまりません。画面にアップにされる料理の数々にはため息。わたし自身は一生食べることはないだろうけれど、見ているだけで幸せになれる。と同時に、こんな料理を食べ続けることができる人たちってどういう階級・階層なんだろう、と思う。ミシュランの星がついているレストランは、貧乏人のためには料理を作ってくれないだろう。
料理もまた文化である以上、それを保護する人々は「貴族」であるに違いない。かつて文化の守護者は王侯貴族であった。現在ではそれがある程度は行政によって肩代わりされ、そのおかげで庶民も文化のおこぼれにあずかることができるようになった。しかし、博物館や図書館が低価格または無料で公衆のために開かれているのは違って、高級レストランが行政の保護のもとに庶民に料理を振る舞うことなど考えられない。
だからこそ最高の料理人は「貴族」のために腕を振るい、ミシュランの星を獲得するためにしのぎを削る。だがその価値観は人としての豊かな心根を腐らせていくのではないか。いつだったか、ミシュランの星付きレストランのシェフが自殺するという事件があった。ストレスから鬱病を発症したといわれていた。それほど過酷な競争にさらされるシェフの世界で、かつて二つ星を獲得した料理人がこの映画の主人公だ。彼の名はアダム。腕のよさに反比例して、傲岸な態度で周囲を振り回し、挙句はドラッグに溺れて仕事を放擲し、レストランを一軒つぶした過去を持つ。そんな彼が立ち直って三ツ星を狙う、とやる気満々になっているところから物語は始まる。
かつて迷惑をかけた恩人の息子が経営するホテルのレストランに乗り込み、強引にシェフに収まったアダムは、優秀な女性シェフのエレーヌをこれまた強引な方法で引き抜き、スタッフを揃えて開店にこぎつける。だが、過去の借金のせいでヤクザに付きまとわれるといった暗い影が消えない。おまけに傲岸で癇癪持ちの彼の態度に同僚たちも心を開かない。そんなある日、とうとうミシュランの調査員がやってきた。緊張の面持ちで勝負に出たアダムだったが。。。。
アダムの問題ある性格や厨房でのパワハラぶりにはうんざりさせられる。こんな嫌な主人公もたまったもんではない、と思う。だが彼がやがて天上天下唯我独尊の態度を改め、仲間との共同作業の楽しさや喜びに目覚めていく場面は感動的だ。料理もたいへん美味しそうで、厨房の様子もテレビ番組「料理の鉄人」を思い出させるような緊迫感にあふれ、スピード感もあり、ぐいぐいと見せていく。
ブラドリー・クーパーの出演作で彼をハンサムと思ってうっとり眺めたのは初めてだ。性格は悪いくせに見た目のいいシェフではないか。それは、最後に彼が見せた笑顔や柔らかな態度へとつながる撮り方だったのではないか。見終わった後、すがすがしさが残る良い映画だった。
やっぱり、料理は競争じゃないよね。孤高のシェフが口にする高級料理よりも、みんなで食べるお気軽なまかない食のほうが美味しいんだよ。ミシュランの調査方法も興味深かったとはいえ、なんだか因果な商売だ。
BURNT
101分、アメリカ、2015
監督:ジョン・ウェルズ、製作総指揮:ボブ・ワインスタインほか、原案:マイケル・カレスニコ、脚本:スティーヴン・ナイト、音楽:ロブ・シモンセン
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、オマール・シー、ダニエル・ブリュール、マシュー・リス、ユマ・サーマン、エマ・トンプソン、アリシア・ヴィカンダー