吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ハドソン川の奇跡

 

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 これぞプロフェッショナル。クリント・イーストウッドがプロの仕事をプロらしく撮った、一切の無駄がない見事な映画。見終わった後の清々しさは格別で、生きる勇気を与えられるような作品だった。

 2009年1月にハドソン川に不時着した飛行機(USエアウェイズ1549便)のことは記憶に新しいし、当時マスコミがこぞって機長をほめたたえたこともわたしは鮮明に覚えている。しかし、その機長が後日、国家輸送安全委員会から「川への不時着ではなく、空港に引き返せたはず。そうであれば、機体を破損させる必要もなかった」と追及されていたとは、まったく知らなかったので大いに驚いた。機長は誤った判断で乗客の命を危機に陥れ、機体を失うことになった、その責任を問われていたのだ。

 物語は、既にハドソン川の奇跡が起きた後から始まる。ニューヨークの高層ビル群にぐんぐん近づく旅客機。やがて機体はビルをかすめて外壁を削り取り、別のビルに機首から突っ込み大爆発する。そんなぎょっとする場面は機長の悪夢だった。ハドソン川への不時着事故以来、機長のサレンバーガー(愛称サリー)は不眠に悩まされていた。彼は英雄としてマスコミから追いかけまわされる人気者であると同時に、事故調査委員会から追及を受ける身でもあり、自宅にも帰れないでホテルに缶詰めになっている。
 映画の原題は「サリー」。つまり、機長の愛称であり、本作はこの事故に関連する群像劇ではなく、まさにハドソン川の英雄であるサリー一人にフォーカスする物語である。だからこそ、余計な部分を一切切り落とし、非常にすっきりと、また淡々とした描写となっている。

 事故の全容はやがてじっくりと回想場面として描かれていくわけだが、この構成も無駄がなく、観客が二度見ることになる事故時のコクピットの様子も、二度目のほうが緊張感と臨場感にあふれている、という演出にもうならされる。

 クリントイーストウッドはリハーサルを嫌う監督で、本作でも見事に一発撮りを敢行したらしい。よくぞそれでこれだけ緊迫感に満ちた、そして堂々たる作品に仕上がったものだ。最後のクライマックス、サリーの演説はまさに圧巻。事故調査委員に堂々と反論を述べる、その理路整然かつ冷静沈着な対応はまさに彼がベテランのパイロットであることをすべての人に納得させるものだ。ベテランパイロットの物語をベテラン監督がベテラン俳優に演じさせる。この配材が円熟の仕事を結果した。

 短い映画に刈り込んだ編集の技も優れていて、ほんの短いショットにも乗客の心理や背景をうかがわせる描写が含まれている。サリーが妻に電話し、妻が涙ながらに「あなたが責任を負わされればローン破たんする」と訴える場面では、機長といえども財政状況が楽ではない、リーマンショック直後のアメリカ中産階級のひっ迫ぶりが窺える。

 そして何よりも感銘を受けることは、サリーが英雄になれたのは彼一人の力ではないということをサリー自身が理解していることだ。考えてみれば、乗客が一人でも死亡していれば、彼は英雄になれなかった。だから、彼を英雄にしたのは乗客だと言えるのではないか。極寒のハドソン川に不時着し、乗客が誰一人凍死することがなかったのは、24分で全員が救助されたという驚異のレスキュー体制のおかげだし、乗客がパニックに陥らなかったからだ。自らの生命も危機にありながら冷静に対応し、最後まで"head down,stay down"と声を合わせて乗客にコールし続けた客室乗務員たちの働きにも目を見張る。近くを航行中の船舶も特急で救助にかけつけたし、管制官ハドソン川上空付近にいる航空機に目視確認を要求する無線を発信した。彼らの一人でもその責任において自分の仕事を全うしなければ、この奇跡は起きなかった。自己責任とはまさにこういうことを指すのではないか。 

 そして、忘れてならないのは副操縦士ジェフ。彼も機長に負けず劣らず冷静に行動した。だから、サリーが最後にジェフにかけた言葉には胸が詰まったし、ラストシーンを飾るジェフのセリフにもにっこり。
 乗客が救助されるシーンでは涙が出そうになり、全員が救助されたことをサリーが知った瞬間には、思わず涙がこぼれた。結果を知っていて見ているというのに、これほど感動的なシーンが続くのは、登場人物たちの動きが勇気と献身に満ちているからだ。一部に早まって川に飛び込む乗客もいてハラハラさせられたが、それもお愛嬌と思えるほど、乗客たちは落ち着いていた。もしこれを日本の製作会社が作れば、「日本人偉い」「日本に生まれてよかった」の大合唱になるのだろうな、と思うと鼻白むが、この映画がアメリカ人を喜ばせることは間違いない。クリント・イーストウッドは自立した個人の力を信じる監督だから、国家や大組織ではなく、個々人の責任において行われるプロの仕事にこそ惹かれるのだろう。彼がトランプ候補を支持しているといわれるのもわからないでもない。

 今年は映画豊作年だ。次から次へいい作品にばかり当たる。映画ファン歓喜の年ではないか。本作は優れた労働映画としてもその名を残すだろう。

SULLY
96分、アメリカ、2016
監督:クリント・イーストウッド、製作:フランク・マーシャルほか、製作総指揮:キップ・ネルソン、原作:チェズレイ・“サリー”・サレンバーガー、ジェフリー・ザスロウ、脚本:トッド・コマーニキ、撮影:トム・スターン、音楽:クリスチャン・ジェイコブ、ザ・ティアニー・サットン・バンド
出演:トム・ハンクスアーロン・エッカートローラ・リニー