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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ティエリー・トグルドーの憂鬱

 憂鬱な中年男の話? いやいや、もう個人的な憂鬱を超えている話。
 映画の作風はダルデンヌ兄弟のよう。つまり、手持ちカメラのドキュメンタリータッチ、アップ多様、長回し

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 フランスの夏休みは二か月もあり、バカンスシーズンのパリからはフランス人がいなくなって外国人観光客だらけになる――という先入観が私にはあった。そんな恵まれたフランス人がいる一方で、この映画に登場するパート労働者や失業者たちのように先の見えない境遇に貶められている人々がいる。その事実を知らない日本人は多いのではないか。

 ティエリー・トグルドーは51歳の失業者。1年半の失業期間中に職業訓練も受けたが、職は見つからない。障害をもつ息子と妻とのささやかな三人暮らしの生活は、自宅売却の危機に迫られている。一緒に解雇された仲間たちは団結して裁判で闘おうと呼びかけてくるが、彼にはその気力がない。Skype面接では担当員に否定的な文言しか告げられず、グループ面接練習の場で参加者に人格否定される屈辱を受け、八方ふさがりだ。
 だが彼の本当の憂鬱は、やっとの思いで再就職した現場で始まるのだ。新しい仕事はスーパーの監視員。店内に設置されたカメラは万引き犯だけを追っているのではなく、レジのスタッフの不正をも監視していた。同じ職場の仲間を信用しない過酷なシステムは、ついに自殺者を生む。
 とまあ、およそ明るいところが1分もないような映画。目新しいのはSkype面接だが、これが人肌の温かさを微塵も感じさせないもので、トグルドーの憂鬱は増す。
 主役を演じたヴァンサン・ランドンはカンヌ映画祭主演男優賞を受賞した渋い演技で観客の目を釘付けにする。ひたすら耐える寡黙な男の横顔がアップで続くその画風は、社会派監督のダルデンヌ兄弟作品と似ている。だが本作はそれよりもいっそう絶望的で容赦のない現実を描いている。ドキュメンタリーを見るようなリアルな作風は、役者に演技経験のない者を多用し、実際にその職業に就いている人々に演じさせたことにも拠る。
 儲けのためには情け容赦なく従業員を使い捨てる資本主義の現実を描く(原題は「市場の法則」)、こんな暗い話を見て憂鬱になるのはつらい。しかしこの映画の暗さは、最後に人としての尊厳を捨てなかった男の後ろ姿を映し出したことにより、かすかな光となった。「あなたならどうする」という鋭い問いかけを悲哀とともに残しながら。(機関紙編集者クラブ『編集サービス』に掲載)

LA LOI DU MARCHE
92分、フランス、2015 
監督: ステファヌ・ブリゼ
出演: ヴァンサン・ランドン、カリーヌ・ドゥ・ミルベック、マチュー・シャレール