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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ブルックリン

映画

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 とても落ち着いた作品。見ている最中はしみじみとさせられ、見終わってからは観客自身が自分の来し方を振り返るように導く。人は若いときに大きな決断の一歩を踏み出す。その心の揺らぎが繊細な演出によって描かれている。
 登場人物の過去や現在抱えている問題を浮き彫りにする脚本と演出が優れているため、端役に至るまでキャラクター造形がしっかりしており、物語にリアリティを与えている。

 時代は1950年代。しかしわたしは、もっと古い時代かと勘違いしてしまった。1930年ごろではないかと思ったのだ。それほど、アイルランドの田舎は時代に取り残された地域だったのだろうか。主人公エイリシュには定職がなく、日曜日に近所の食品店で働いているだけだ。ここの女主人は辛辣な物言いで客を客とも思わない扱いをするような人物だから、「NYで仕事が見つかった」と告げるエイリシュにも神経を逆なでするような言葉をぶつける。
 この嫌な女が後々、エイリシュの人生の選択にかかわる重要なセリフを吐くので、この冒頭の場面は大事なのだ。

 美しく仕事もできる姉に背中を押されてアメリカへと旅立ったエイリシュは、垢抜けない緑のコートに身を包んで船出のデッキに立っていた。やがて彼女はNYでどんどん洗練され、美しく成長していく。エイリシュが船の中でひどい船酔いに遭ったりトイレを使えなくされたりといったとんでもない目に遭う場面がリアルで、きびきびしたカット割りも大変よろしい。

 エイリシュは着いたばかりのNYでは慣れない百貨店の接客仕事に疲れ、ホームシックかかって涙にくれるが、寮での生活で周囲の若い女たちに「もっときれいにしなくちゃ」と化粧の仕方も教わり、徐々に変わっていく。やがてイタリア移民のトニーと恋に落ち、見違えるような颯爽とした姿となって自信をつけていくのだが、姉の急死によってアイルランドに一時帰国することになる。故郷でトニーとは全く違う魅力を持ったジムと出会い、心が揺れるエイリシュ。彼女はこのまま故郷にとどまるのか、トニーの待つNYに戻るのか。 

 この映画の最大の魅力はなんといっても主役のシアーシャ・ローナンだ。「つぐない」の頃から芸達者なのはわかっていたが、それだけではなく、かなりふくよかになった顔や腕に大人の自信や貫禄が見え隠れするようになった。その青い目の透き通った輝きに吸い込まれるような錯覚も覚える。彼女のアップが続く画面をずっと見ていること自体が心地よい。
 まともに手紙もかけないような配管工のトニーと、背が高く金持ちの知的なジムと、どちらの男をエイリシュは選ぶのだろうか。その迷いや揺らぎをシアーシャ・ローナンは瞳の色で演じ分ける。彼女が目の色を自在に変えるわけではないが、ここが演出の妙なのだろう、青い瞳はライトの当たり方によって色が黒くなったりサファイアのように光ったりする。

 シアーシャ・ローナン自身がアイルランド移民であり、3歳の時に両親とともにアメリカにやってきたので、アイルランド訛りを自然にしゃべることができるようだ。まさに適役である。

 この選択が正しかったのかどうかはこれからのエイリシュ生き方にかかっているが、賢く努力家のエイリシュならば困難に立ち向かって生きてゆくだろうと予感させる。ラストの爽やかさは、女の時代に生きようとする若き女性への賛歌にも思える。移民の揺れる感情やアイデンティティについて考えさせられるとともに、後味が気持ちのいい映画だった。シアーシャの青い瞳に点数アップ。

BROOKLYN
112分、アイルランド/イギリス/カナダ、2015
監督: ジョン・クローリー、製作: フィノラ・ドワイヤー、アマンダ・ポージー、原作: コルム・トビーン、脚本: ニック・ホーンビィ、撮影: イヴ・ベランジェ、音楽: マイケル・ブルック
出演: シアーシャ・ローナン、ドーナル・グリーソン、エモリー・コーエン
ジム・ブロードベント、ジュリー・ウォルターズ