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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

団地

映画

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 大阪の郊外にある団地を舞台に展開するドタバタコメディ。ドタバタにも関わらず底知れぬ悲しさが流れているのは、主人公夫婦がつい最近、息子を喪ったから。漢方薬局を廃業して団地に引っ越してきた初老の夫婦は、自分たちの過去を周囲にほとんど語ることがなかった。まだまだ廃業するには若いのに、惜しまれて引退してしまった山下清治と妻ヒナ子は、狭い団地の部屋の中に生薬をたくさん抱え込んでいた。

 廃業したばかりの清治の薬をどうしても欲しいという若い客が団地を訪ねてくる。けったいな物語はここから始まる。この若い客は一見普通のサラリーマン風なのだが、しゃべることがいちいち可笑しい。滑るギャグを連発するものだから、「うわ、この映画、寒いギャグ連発やな。これは失敗やったかも」とわたしは白々した気持ちになってしまった。ところがこのお寒いギャグが大いなる伏線なのである。やがて徐々に藤山直美の天才芸のボケと突っ込みが見られるころから、観客席は笑いの渦に。最前列のおじ(い)さんがやたら大声で笑うので、それがおかしくて、「この人、これだけいちいち大笑いできるなら鑑賞料金1100円は安いよなー」と羨ましくなる。

 清治は団地の自治会の会長選挙に巻き込まれたことでへそを曲げてしまい、「僕はもう死んだことにしてくれ」と言い出して引きこもってしまう。姿が見えない清治をめぐって団地のおばちゃんたちがあらぬ噂を立て、ついにはヒナ子が殺人の嫌疑をかけらることに! はてさてどう転ぶのかさっぱりわからない団地の大騒ぎ、結末はいかに?

 とにかく奇想天外な話なので、これ以上あらすじは書けない。団地というのがどういうところなのかがよくわかっている阪本監督、絶妙の脚本が冴えます。この人にこんなにコメディの才能があったなんて驚きだ。しかも、ただ面白いだけではなくて、ヒナ子が中島みゆきの「時代」を笑顔で歌いながら最後は泣き崩れてしまうあたりの悲しさも、観客の胸を揺さぶる。「つらいのはお前だけと違う」という夫・清治の呟きも、子どもを亡くした親の言うに言えぬ傷をさり気なく掬い取って心に残る台詞だ。

 役者たちもみな芸達者なので安心して見ていられるし、狭い世間の有様をものの見事に描いていて、社会批判もドンピシャに面白い。ただし、ここに描かれている団地の狭くてそれなりに深い人間関係は、かなり昭和の香りがする。今やこのような団地も少なくなっているのではないか。

 特筆すべきは山下夫妻が漢方薬を作る場面。コメディ映画なのにここだけがひどくシリアスで、二人が汗水たらして薬を作る工程が大変興味深い。漢方薬の作り方など知らない人が多いはずで、この手作業の場面が丁寧に描かれていることがこの映画の質を高めた。働く人々が描かれている映画は気持ちがいい。これもまた労働映画の一つと言えよう。

 全編大阪弁なのもわたしにはすんなりと劇中に入っていける要素だったが、大阪弁に馴染みがないか大阪弁が嫌いな人が見たらどう感じるか、それを知りたい。

103分、日本、2015
監督・脚本: 阪本順治、撮影: 大塚亮、音楽: 安川午朗

出演: 藤山直美岸部一徳大楠道代石橋蓮司斎藤工冨浦智嗣竹内都子

濱田マリ麿赤兒