吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち

 

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 この10年ほどの間にアイヒマン裁判関連の映画が何本も作られている。その裁判がどのように世界に報道されたのか、テレビを通じてお茶の間にニュースが流れたという事実にわたしは今までまったく気づかなかった。確かに1961年なら既にアメリカではテレビがかなり普及しているはずだし、目利きのプロデューサーならこれが「売れる」と閃くはずだ。当時35歳だったアメリカのテレビプロデューサー、ミルトン・フルックマンは、放送権をいち早く独占獲得し、マッカーシー赤狩りで業界を干されていた名監督であるレオ・フルヴィッツを雇い入れる。フルヴィッツイスラエルに到着し、現地のスタッフと共に四か月間にわたって裁判を録画することになる。マルチカメラを使うスタジオ放送の草分けであったフルヴィッツの腕を買ったフルックマンは、テレビカメラの持ち込みを拒否する裁判所を説得するためにフルヴィッツとともに一計を巡らせる。

 いよいよ裁判が始まり、「怪物」アイヒマンを狙う1カメに執着するホロヴィッツだった。。。 

 この裁判を放送するスタッフの中に何人かの収容所生還者がいた。彼らは裁判を通じて感情を高ぶらせ、裁判の録画中にさまざまなドラマが生まれる。映画は小気味よいテンポの演出で、96分という尺にうまく話を収めた。それだけに多少説明不足の点もいなめなくて、また編集がせわしないと感じる部分もある。アイヒマン裁判を映し出す4台のテレビカメラに当時の実際の映像をカットバックで挟むという手法によって臨場感を高める。なんといっても裁判の途中でアイヒマンが見せられたアウシュヴィッツ収容所の凄惨な映像のインパクトが強烈だ。しかもアイヒマンは表情もほとんど変えずにその映像を凝視する。

 アイヒマン裁判がキューバ危機やソ連人工衛星打ち上げと同じ時期であったとは、歴史を改めて俯瞰することができたのは収穫だった。アイヒマン裁判がキューバ危機やガガーリンに視聴率を取られてプロデューサーがイライラするというあたりも真に迫っていて、「戦争には勝てない」とつぶやくのを見ると、かつて日本でも新聞社が戦争のたびに肥え太っていったことを想起させる。どちらが卵か鶏かわからないが、戦争や災厄を望む悪魔の欲望が報道各社の中にあるのは大衆がそれを望むから、そして大衆が望むものを見せてやるという姿勢が一層彼らを衆愚へと追い立てる。その大衆の中にわたし自身も居るに違いないと思う怖さがある。 

 なかなかに見応えのある映画であったが、96分のなかで何よりも強烈な印象を残したのが過去の実写フィルムであるという点がいかんともしがたい。ミルトン・フルックマンが今でも健在であるからか、彼の過去をほとんど描かったのは残念だ。また、なぜ家族と一緒にイスラエルに居るのかも説明がなかった。4か月の裁判期間中、家族ごとアメリカからイスラエルに呼び寄せていたのだろうか?
 ホテルの女主人の存在が光っていた。「アウシュヴィッツの生き残りたちはそんなことが本当にあったのか、と疑われたために口を閉ざした。でも今はもう、語ってもいいのね」。ホロコーストを語り始めた人々に流れた戦後15年の年月にもまた思いをはせるセリフだった。

THE EICHMANN SHOW
96分、イギリス、2015 
監督: ポール・アンドリュー・ウィリアムズ、製作: ローレンス・ボーウェン
ケン・マーシャル、脚本: サイモン・ブロック、撮影: カルロス・カタラン 、音楽: ローラ・ロッシ
出演: マーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント、アンディ・ナイマン