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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

カルテル・ランド

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 この映画と「ボーダーライン」を続けて見たら、もう誰もメキシコには行きたくなくなるのでは。「ボーダーライン」は実話だったんだ! と改めて驚愕するような【閲覧注意】映像が頻出する。

 本作は「ハートロッカー」のキャスリン・ビグロー監督が製作総指揮を務めていることが話題になったドキュメンタリー。アカデミー賞候補にもなった衝撃映像が出るわ出るわ、最初から最後まで瞠目したまま見終わった。

 カメラはアメリカ・メキシコ国境の南北で組織された自警団の戦いを追う。自警団と言えばKKKを思い出させるように、これは世間の評判が悪い。実際、重装備で武装した姿にはぞっとする。それは自警団のリーダーも自覚していて、「人種差別主義者と非難されるが、そんなことはない。われわれは家族を守っているのだ」と語る。
  メキシコで作られた麻薬はアメリカで売られる。いくらでも売れるのだという。その麻薬密輸・販売を巡ってはいくつかのカルテルがしのぎを削っている。彼らは住民の財産と生命を脅かし、上納金を強奪し、拒否すれば殺人・誘拐・強姦、となんでもやる。そんな犯罪組織の一つであるミチョアカン州の麻薬カルテルテンプル騎士団」と戦うために立ち上がったのが、ミレレス医師である。医師という職業といい、カリスマ的な演説のうまさや風貌もチェ・ゲバラを想起させる。ゲバラが歳をとったらかくや、と思わせるものがある。そしてミレレス医師の片腕となる初老の男は愛称「パパ・スマーフ」、こちらはカストロ髭を生やして、でっぷり太った体形もまさにフィデロ!と叫びたくなる。
 このゲバラカストロ組は銃を持って立ち上がることを住民に訴え、テンプル騎士団に支配されていた町を次々に武力で解放していく。まさにキューバ革命を見るかのようだ。

 しかし、この自警団も雲行きが怪しくなる。ミレレスは高潔な人柄でもなく若い女性を見ると口説きにかかり、パパ・スマーフに至っては政府と結託を始めるし、自警団のなかにカルテルの人間が潜り込んだり、自警団が麻薬を密売し始めたり強盗を働いたりと、「軍規」の乱れが目に余るようになる。

 この自警団の重装備は半端ではない。まさに軍隊のようだし、彼らはカルテルの人間をつかまえたら平気で拷問する。逮捕も拷問ももちろん非合法だ。資金はいったいどこから調達したのか? 武器はどうやって入手した? 疑問符だらけの自警団だが、彼らの行動すべてがまるでフィクション映画のようで、ストーリーに起伏があって、見ていて飽きない。「飽きない」という表現は的確ではない。あきれてしまう、といったほうが正確だろう。あまりにうまく編集ができているので、脚本があるのではないかと疑ってしまうようなドラマティックな出来だ。

 ここには正義などない。誰が正義なのか悪なのか閾はなく、政府と警察はカルテルと結託し、自警団も決して正義の味方とはいいがたい。いったい誰が何のために暴力の連鎖を続けているのか、もう訳がわからなくなる。
 メキシコでは今年1月、就任したばかりの33歳の女性市長が武装集団に殺されるという事件が起きた。今やメキシコでは誰も市長になりたがらないとか言われているように、首長への襲撃は後を絶たない。犯罪組織の人間以外は市長にならない(なれない)のではないか?  

 映画は巻頭、深夜にどこか野原のようなところで覚醒剤(麻薬?)を作っている男たちを映し出した。彼らは覆面をして、白い粉や結晶の薬品を混ぜて、もうもうと白煙が上がる中を「質のいい」覚醒剤を生成する。
 この場面はラストにもう一度登場する。そしてアップで映った彼らの姿に観客は仰天するだろう。なんと恐ろしい映画だろう。もうメキシコには希望の光もないのか。戦慄の現実を突き付けられた。 

 それにしてもカメラがよくこれだけ密着取材を敢行したものだ。戦場カメラマンでないとこの仕事は務まらないだろう。実際、目の前で銃撃戦が始まることはしょっちゅうである。撮りも撮ったりという点でもアカデミー賞ノミネートは当然だろう。しかし受賞は逃がしたのだから、この上手をゆく作品があったということですな。

 「カルテル・ランド」と「ボーダーライン」はセットで鑑賞をお薦めします。食欲が落ちるかもしれませんが。

CARTEL LAND
100分、メキシコ/アメリカ、2015 
監督・撮影・編集: マシュー・ハイネマン、製作総指揮: キャスリン・ビグローほか、音楽: H・スコット・サリーナス、ジャクソン・グリーンバーグ