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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生

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 「正義の味方」同士が対決したらどっちが勝つの。そりゃあ、いくら特殊スーツに身を包んでいても生身の人間であるバットマンに勝ち目はないでしょ、相手は異星人なんだから。それにしても、なんでバットマンがスーパーマンを目の敵にするのかがよくわかりません。そもそも老舗はどっちなの? 昔から正義の味方として頑張っていたバットマンのお株を奪うのがスーパーマンだったわけ? その辺の事情が全然わからなくて、最後までクエススチョン・マークが飛び続けた映画でありました。いちおうバットマンの言い分としては、「スーパーマンが正義の味方として活躍すればするほど巻き込まれる犠牲者が増える」ということらしいんですけど。 

 で、異星人スーパーマンとハンデなしで戦うのはあんまりなので、ちゃんと対クリプトン星人ワクチンというか放射能除去装置(むしろ増幅)というか威力業務妨害的な装置をバットマンに与えるところが憎い。いろいろあっても結局は格闘技(たんなる殴り合い)になるところがとっても退屈で、「もうええかげん飽きてきたなー」と思う頃にもう一人登場! これがまたアマゾネスみたいなおねえちゃんで、めっぽう強い。で、意味なく露出度の高い時代錯誤のコスチュームを着用。

 さて、最初に書いた「巻き込まれ型犠牲者の増大」に怒り心頭に発したスーパーマンの心性は、なにを表象するのか。スーパーマンが大暴れして大都会のビルが崩壊する様はまさに9.11を彷彿とさせるのだが、巨悪を倒そうとする正義も結局は「付随的な犠牲」を増大させると言いたいのか。演出が悪いせいかわたしの頭がついていかないせいかわからないが、いまいちよくわからない映画だった。そもそも、これは「マン・オブ・スティール」の続編なのだが、前作の内容をほぼ完璧に忘れているため、クラーク・ケントの父親役でケビン・コスナーが登場していたこともすっかり遠い記憶になっていたので、ケビン登場の場面で新鮮な感動を味わえたのはケビン・コスナーのファンとしてはありがたかった。

 2時間半の映画をさして退屈もせず見られたということはそれなりに面白かったわけで、またまた続編ができそうな予感に「ああ、また見に行かなくちゃ」と焦ってしまうのであった。ジェシー・アイゼンバーグの悪役は小粒過ぎていまいち。それに彼はいつも芝居が同じだ。たまには芸風を変えたらどうか。

BATMAN v SUPERMAN: DAWN OF JUSTICE
152分、アメリカ、2016 
監督: ザック・スナイダー、製作: チャールズ・ローヴェン、デボラ・スナイダー、製作総指揮: クリストファー・ノーランほか、脚本: クリス・テリオ、デヴィッド・S・ゴイヤー、音楽: ハンス・ジマー、ジャンキー・XL
出演: ベン・アフレックヘンリー・カヴィルエイミー・アダムスジェシー・アイゼンバーグダイアン・レインローレンス・フィッシュバーンジェレミー・アイアンズ、ガル・ガドット、ケヴィン・コスナー