吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

グローリー 明日への行進

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 原題の「セルマ」にある通り、本作はキング牧師の伝記映画ではなく、1965年3月のアラバマ州セルマの大行進について描いたドラマである。" I have a dream" で有名な1963年8月28日のワシントン大行進をこの映画は描かない。ドラマの始まりは1964年のノーベル平和賞授賞式であり、教会爆破事件であり、黒人の有権者登録に難癖をつけて妨害する白人役人の姿である。

 時の大統領リンドン・B.ジョンソンとホワイトハウスで親しく話をするほど強い影響力を持つ黒人であるキング牧師は、公民権法の実施を大統領に迫る。1964年に成立したこの法律が実際に効力を現すためには、有権者登録がなされて選挙が行われる必要があるのだ。

 ここから、映画は実録もののような演出を施され、セルマでの「血の日曜日事件」へと続く。そのさなかに、FBIのフーバー長官がジョンソン大統領の質問に答えて「キングは道徳的にも政治的にも堕落した男だ」と吐き捨てるように語る。そうだ、FBIはキング牧師の周辺を徹底的に監視し、盗聴し、すべてを記録していた。だからこの映画のテロップに現れる日時と場所の表示はFBIの監視記録なのだろう。
 映画「J・エドガー」を思い出す。J・エドガー・フーバー長官は徹底した盗聴などの監視によって、政府高官すら脅しにかけるような人物だった。

 映画はキング牧師のカリスマとしての姿だけではなく、夫婦の亀裂や家庭の問題なども描いている。あからさまではないが、キング牧師の女性関係についても匂わせている。家庭人としてのキングに対して妻のコリーが不平不満をぶちまける様子や、愛人の存在を疑う場面など、偉大なリーダーの煩悩や弱さもまた描かれているところが興味深い。 

 観客はキング牧師のカリスマ的な演説に酔いしれるだろう。言葉の持つ力の偉大さをこれほど見せつける人物もそう多くはあるまい。聖書から引用した多くの言葉、それを自分のものとして咀嚼しながら、キング牧師は独特の太くて響く声で語り、大衆を扇動し、熱狂させる。しかしガンジーに傾倒しているキング牧師はあくまでも非暴力不服従運動を提唱していた。

 主役を演じたデヴィッド・オイェロウォは世界一有名な黒人であるキング牧師の演説の力を精いっぱい表出している。観客もまた映画の中のキング牧師の演説に感動し、涙し、最後はこぶしをふりあげて叫ぶだろう、"march!" と。言葉には力がある。マルコムXが非暴力主義のキング牧師を非難しても、結局のところ公民権法を通したのはキング牧師たちの力であったことは否定できない。

 セルマ行進での警官のすさまじい暴力が画面にも生生しく映る。これを当時テレビなどで見た多くのアメリカ人が黒人の抵抗運動に同情したことは想像に難くない。本作ではキング牧師が策士であることも見逃されていない。セルマの行進を組織したキングが戦略・戦術を練って行進していたことも見てとれる。

 この映画が大河ドラマのようなつくりをとらなかったことが成功している。セルマの行進に焦点を絞ったために、キングの戦術や苦悩も細かく描かれ、当時の雰囲気やホワイトハウスでの攻防も緊迫感とともに伝わる。わたしはついついDVDを3回も見てしまった。エンドクレジットともに流れるテーマソングも覚えやすく力強いメロディーだ。(レンタルDVD)

SELMA
128分、アメリカ、2014 
監督: エヴァ・デュヴァネイ、製作: クリスチャン・コルソンほか、製作総指揮: ブラッド・ピットほか、脚本: ポール・ウェブ、撮影: ブラッドフォード・ヤング、音楽: ジェイソン・モラン
出演: デヴィッド・オイェロウォトム・ウィルキンソン、カーメン・イジョゴ、ジョヴァンニ・リビシ、アレッサンドロ・ニヴォラ