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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

スティーブ・ジョブズ

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 迫りくる原稿の締め切りから現実逃避するかのように、映画館へダッシュして見た作品。
 スティーブ・ジョブズの伝記映画は2013年に作られているが、あまり評判がよくない。で、本作マイケル・ファスベンダー主演のは、脚本がよくできていて、さらに演出もスタイリッシュかつスピーディなのでぐいぐい引き込まれていく。マイケル・ファスベンダー目当てで見たけど、期待以上によかった。シネマ友達の中には、ジョブズが最後には「いい人」になっちゃうのが面白くない、という意見もあったけどね。 

 ジョブズのさまざまな伝説をわたしはよく知らない。知らないだけに、彼の人生のうちの大きな節目となった3回の新製品発表舞台だけを切り取って濃縮させたドラマに仕立てた本作のつくりだと、話の流れがよくわからない部分もある。しかし、映画としては大味な大河ドラマにしなかったことは成功している。
 冒頭のシーンは1984年のMacintosh発表会の40分前。世紀のプレゼンを始めようとしているのに、楽屋には彼の別れた恋人と彼女との間に生まれた5歳の娘リサがやってきた。また養育費をせびるためである。スティーブ・ジョブズはなぜかリサを自分の娘とは認めず、認知しないまま裁判沙汰となっていたのだが、発表会直前になって楽屋で別れた恋人と罵り合いを始める始末。 

 デモ用のPCが「ハロー」としゃべるはずだったのが手違いでしゃべらないとわかって、開発エンジニアに「絶対に直せ」と悪罵の限りを尽くしている。さらには、突然「胸ポケットのついた白いシャツを用意しろ」とスタッフに無理難題をふっかける。もう時間がないというのに、この発表会はどうなるんだ?! 自信満々のジョブズは実に嫌な男だ。部下への労いの言葉もなく、気分屋で口が悪い。帝王に振り回されるスタッフの気持ちを斟酌することなんかまったくない。

 こんな調子で、スリルあふれる場面から始まる本作は、3回の発表会の場面すべてに娘のリサが登場し、父子の確執が描かれる。過去の場面がフラッシュバックで一瞬交錯する演出もめまぐるしく、多くのセリフの応酬で描かれるジョブズの人間像も興味深い。ジョブズ橋下徹に似ている。独裁的で、過去の業績や人々の苦労への敬意もなく、人を切り捨てることをなんとも思わない。気に入らないことがあれば公衆の面前で口汚く面罵する。だが、橋下徹が文化の破壊者であったこととは真逆に、ジョブズは新しいPCを創造した。そこがジョブズが全世界から称賛されるゆえんだろう。

 「ソーシャル・ネットワーク」のアーロン・ソーキンの脚本らしく、しゃべりまくる映画だといわれているが、わたしはそれほどには感じなかったのはなぜだろう。複数の人間がセリフをかぶせるシーンが何度もあって字幕者泣かせだとは思うが、喋り倒しているというしんどさを感じなかった。その原因はおそらく、ソーシャル・ネットワークマーク・ザッカーバーグのおしゃべりが若造の独りよがりの早口だったのに対して、スティーブ・ジョブズのしゃべりは大人のそれだから、それほど苦にならなかったのではないか。むしろ畳みかけるセリフの応酬がスリリングで好感を持った。

 映画は1998年のiMac発表会で終わる。観客はそれ以後の彼の大成功を知っているから、ここで終わってもかまわない、ということか。しゃべりまくる映画のくせに肝心のジョブズのプレゼンは一切見せず、ビル・ゲイツも登場しないのは物足りないが、ばっさりとそういう場面を切り落としてしまった潔さに脱帽する。再婚した女性も登場しない。しかし、ジョブズがこだわったコンピュータのありかた、美しさへの妥協のない追求、といった完璧主義者の側面はよくわかる。やっぱり天才って変人なんだ。わたしは天才でなくてよかったよ(笑)。

 ジョブズの「仕事上の妻」がジョアンナ・ホフマンで、演じたケイト・ウィンスレットが実によい。でぷっとした中年体形で、脚なんか太い太い。ジョブズに唯一意見を言える女性、彼に忠実であり、かつ彼を批判する女性、それがジョアンナ。てっきりこのジョアンナと結婚したのかと思ったけど、違った。ジョアンナとジョブズの丁々発止のやりとりもまた本作の大きな魅力だ。

STEVE JOBS
122分、アメリカ、2015
監督: ダニー・ボイル、製作: マーク・ゴードンほか、原作: ウォルター・アイザックソン、脚本: アーロン・ソーキン、音楽: ダニエル・ペンバートン
出演: マイケル・ファスベンダーケイト・ウィンスレットセス・ローゲンジェフ・ダニエルズ、マイケル・スタールバーグ