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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

モバイルハウスのつくりかた

映画

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 「機関紙編集者クラブ『編集サービス』紙に掲載した映画評のうち、自分のブログにアップしていなかった作品をさらえていくシリーズ」第2弾。

 2010年11月、「多摩川のロビンソンクルーソー」と呼ばれる路上生活者の鈴木さんを師匠として、坂口のゼロ円ハウス建築は始まった。実際にはゼロ円では無理なので、3万円弱ぐらいは建築費がかかっている。師匠に叱咤されながら少しずつ形ができていく過程は確かに完成品を想像しながらワクワクする場面ではあるが、この過程をもう少し編集で刈り込んだほうがよかった。実際ここが面白いところなので、監督もどうしても見せたかったのだろう。だがいざ出来上がってからどのようにその家を使うのか、どうやって移動させるのか、その生活風景を見せるほうが動きがあって面白い。
身の丈にあった生活を訴え、究極のエコ生活を主張する坂口だが、完成記念に若者達がこのモバイルハウスの中でエビスビール片手に乾杯している光景は、貧乏な中高年のルサンチマンをそそる場面であった(宅配ピザまで注文している!)。
 監督自身が語っているように、この映画が「災害時に役立つ0円ハウスのつくり方」というワークショップの撮影から始まったということに、その後の東日本大震災との不思議な符合を感じる。
 原発事故後、坂口は妻子を連れてモバイルハウスと一緒に郷里熊本市に避難し、そこで避難民を受け入れるための「ゼロセンター」を開設して「新政府」樹立を宣言。映画がここで終わるのは残念だ。むしろ続編に期待したい。現在進行形の新政府の行方に興味が募る。「ゼロセンター」の活動がほんのさわりの部分しか紹介されていないのが欲求不満。だが、その中でも坂口の「避難してくる人たちの中に『お世話になったので、じゃあ今日の食事は私が作ります』という人が一人もいなかった」という言葉が印象深い。他人の世話になるだけでお返しをしようと思わない人々は自立した市民とは言えまい。贈与を受けたら贈与を返す、という思想がなければ、弱者の立場にあぐらをかくだけの存在になってしまう。そこに疑問を呈する坂口は個人の自立と責任を尊重するアナキストに違いない。

 わたしはこの映画を試写で見たあと、坂口恭平の本を3冊ほど読んでみた。その結果、『TOKYO 0円ハウス0円生活』がたいそう面白かったので、それはまた別エントリーで紹介したい。

98分、日本、2011 

監督・撮影・編集:本田孝義、音楽: あらかじめ決められた恋人たちへ
出演: 坂口恭平