吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

パディントン

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 これは楽しい! おんなじ熊もんでも、TEDみたいな下品なのよりずっとよい。しかもこの映画はアーカイブズ映画かつミュージアム映画なのだ。

 同じ熊でもTEDは続編までできてしまって、可愛い顔に似合わない下ネタの下品度がアップするという眉を顰めるものになっているが、こちらのパディントンは顔は若干残念なところがありつつも、その世界一上品な英語によって好感度があがるのである。

 そもそもパディントンが南米ペルーから密航してきたそのいきさつが描かれる巻頭の場面からユーモア満載で、観客の心をぐっとつかむ。熊の行きついたところがパディントン駅で、そこで親切な一家に拾われて名前を付けてもらう。ダウントン・アビーの伯爵にしか見えないヒュー・ボネヴィルが一家のお父さん。お母さんは挿絵画家で、あとは老家政婦と子ども二人のブラウン家はさして大きくない家に住んでいる。そこに熊一匹が加わるのだから賑やかになることうけあい! 

 ペルーの森の中からロンドンにやってきた熊が出会う異文化はワンダーランドだ。まずは家の中でトイレを破壊して洪水を発生させることから始まり、パディントンの行く先々で大騒動が巻き起こる。とうとうブラウン家にも居づらくなって出ていってしまったパディントン。果たして彼の身元を保証してくれる可能性のある探検家は見つかるのか? 謎の美女ミリセント(ニコール・キッドマン、ピンヒールでアクションシーンもこなします)がパディントンを剥製にすべく狙っている! 
 というお話は、ワクワクドキドキさせて爆笑に次ぐ爆笑シーンが展開する。この映画の忘れてならないキーポイントは、これがアーカイブズとミュージアムを描いた作品だということ。謎の美女は自然史博物館の剥製制作担当者。パディントンが過去の記録を調べにいく場所はまさに文書館(アーカイブズ)であり、セリフでもはっりきり「アーカイブ」という言葉を使っていた。このアーカイブズのシステムが素晴らしくも面白おかしい。検索システムはコンピュータで制御されているが、端末の画面はMS-DOSぽい古めかしさ。そして検索の結果、利用者に届けられる文書がシステマティックに運ばれてくるレトロな様子は特筆に値する。この場面はぜひ実際に映画館でご鑑賞を。
 この映画はアーカイブズ(文書館)の本質を実によく描いている珍しい作品だ。従来、多くの文書が整理もされず棚に打ち捨てられている様子ばかりが画面に映し出されることが多かったのに、この映画では機械こそ古めかしいが、端末機械を使って検索システムを駆動させ、必要な情報を得ている。それも、まさしく「文書」の形で。この面白さはぜひ実際に映画館で堪能されたい。

 この映画の見どころはパディントンが巻き起こす騒動がインディ・ジョーンズもびっくりというようなスリリングで楽しいアクションシーンを見事に生んでいる、ということと、移民/異文化を象徴するパディントンの立ち位置に考えさせられる点が多い、ということ。だから子どもも大人も楽しめる作品になっているし、なかなか奥が深いのである。
絵本の世界がそのまま飛び出てきたようなカラフルな色彩設計も華やかで、ロンドンの名所がいくつも映り込むロケーションも絶妙で、各世代が楽しめる作品。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」に掲載した文に加筆)

PADDINGTON
95分、イギリス、2014 
監督: ポール・キング
原作: マイケル・ボンド

音楽: ニック・ウラタ

出演: ヒュー・ボネヴィル、サリー・ホーキンス、ジュリー・ウォルターズ、ジム・ブロードベントニコール・キッドマン
声の出演: ベン・ウィショ