吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

あん

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 元ハンセン病患者の老女が作る絶品の粒餡。その餡を入れたどら焼きが評判を呼ぶ。小さな店に過ぎなかったどら焼き屋に行列ができるようになるが、あんを作った老婆がハンセン病患者であったことが知られてしまう、、、、

 今も残る差別への怒りや悲しみを、河瀬直美は淡々と描いた。河瀬の演出を受けた樹木希林も淡々と演じた。受ける永瀬正敏も淡々とその演技を返した。そうして観客も淡々と見終わって心が洗われる。その「淡々」には餡づくりへの丁寧な心配りと、生きていることへの感謝の念が横たわる。心を込めた丁寧な仕事には、どんなに淡々とあっさり見えるものであっても、おのずと人の心を動かすものがあるのだ。

 春、桜の花びらが散る風景から始まり、一年が経って満開の桜の下で終わるこの作品は、季節ごとの移り変わりを日本のどこにでもある木々の変化とともに描きつつ、その1年の間にひとりの中年男の中に芽生えた生きることへの確かな希望をキラリと輝かせる。

 樹木希林という役者の底力は前からわかっていたけれど、いくつになっても女優は進化するということを見せつけられて感服した。小さなどら焼き屋の雇われ店長の元に、「バイト募集」の貼紙を見てやってきた老女・徳江が樹木希林。一度は断った店長も、彼女が作る絶品の餡を一口食べるや、その虜となる。なぜこんな美味しい餡が作れるのか? それは、「小豆の話を聴いているの」だから。「あんを炊いているときのわたしはいつも、小豆の言葉に、耳を澄ましていました。小豆が見てきた雨の日や晴れの日を、想像することです」

 徳江は餡の作り方をこまごまと語りながら店長に教えていく。前の晩から仕込みを始めて、当日の夜明け前から作業を始める。雇われ店長はやる気があるのかないのかわからない男だったけれど、徳江の丁寧な餡づくりに接して、共に餡を作るようになってからは人が変わっていく。いつも店にやってくる中学生たちにも大好評だ。仲間外れになっていた女子中学生の一人も孤独な店長と心を合わせたかのように、仲間と一緒にカウンターに座るようになっていた。

 しかし物事はそううまくは運ばないのだ。噂を聞きつけた店のオーナーが口汚くハンセン病患者を罵る。しかしこの場面は違和感がありすぎて、ちょっと信じられない。「子どものころ、神社の境内で物乞いをしていたのを目撃した」というのは時代設定に無理があるという指摘もあり(https://twitter.com/shoemaker_levy/status/632910810847813632?lang=ja )

唐突である。自然な流れの脚本の中でここだけ演出が浮いている。
 とはいえ、徳江の曲がった指やケロイドのような腕を見れば、なにかの病気の痕だろうということは誰にもわかる。そして食べ物を売る店でそれはひょっとしたらまずいことなのかもしれない、という気持ちを抱かせるものがある。らい予防法が廃止されて20年近くが経った今、ハンセン病患者への差別の実態はどうなっているのだろう。もしも今、どら焼き屋で徳江が餡を仕込んでいるところを見たら、この映画の観客はどら焼きを買うだろうか? 差別意識は誰にもある。この映画は静かにわたしたちに問いかける。徳江を隔離し、徳江を傷つけてきたものは、今でもわたしたちの中に潜んでいるのではないか、と。

 この映画を見たら美味しいどら焼きを食べたくなる。徳江のどら焼きが食べたい、無性に。

 ところでこの映画も図書館映画である。樹木希林の孫・内田伽羅が中学生役で登場しており、その彼女が同級生と一緒に図書館でハンセン病について調べている場面がとても微笑ましい。よしよし、よいこはそうやって勉強するのぢゃ。

113分、日本/フランス/ドイツ、2015
監督・脚本: 河瀬直美、プロデューサー: 福嶋更一郎ほか、原作: ドリアン助川 、撮影: 穐山茂樹
出演: 樹木希林永瀬正敏内田伽羅市原悦子水野美紀浅田美代子