吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

K2 初登頂の真実

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1954年、エベレストよりも難関といわれた、世界第2位の高さを誇るヒマラヤ山脈「K2」の初登頂に成功したイタリア隊には登頂までにさまざまな駆け引きや嫉妬が渦巻いていたということを描く。とりわけ最後の最後に隊員の命を見殺しにするような事態まで起きていたことがこの映画では明らかにされる。

 本作が第二次世界大戦の終戦間際と思われる戦場の場面から始まることが、イタリア隊にとってのK2への挑戦の意味を示している。二度も敗戦国となったイタリアにあって、アメリカ隊さえ失敗した世界最難関のK2への登頂は、国民を敗戦の消沈から息を吹き返らせる格好の材料であったのだ。国運をかけて登頂する。それが、隊長の主張であり、それが首相を説得した言葉であった。

 かくして、イタリア国家の後ろ盾を得てイタリア隊はK2への登頂を目指す。全国から登山家を公募し、テストの上で候補者を絞る。実際にパキスタンに赴いてからも、誰が登頂隊員となるかは隊長が各隊員の資質と体調を見て決めるのである。

 しかししかし。初登頂という栄誉をわがものにしたい隊員は自分より若く才能に溢れた者に嫉妬し、なんとかして外したいと願う。

 映画を見ていてふと気が付くことは、8000メートル級の山を登っているというのに、隊員たちが酸素ボンベを使っていないことだ。地上の四分の一しか酸素がない中で急斜面を登っていく。当然のように妄想幻覚が隊員を悩ませ、錯乱する者も現れる。そんな時に彼らを鼓舞するのは戦場の記憶だ。あの戦場を戦い、生き抜いたのだ。また一方、彼らを鼓舞する記憶は恋人への愛であり、妻への愛である。愛する者に再び生きて会いたい。その思いが彼らを地上へと生還させるのだ。
 結局最後は酸素ボンベを使って登頂に成功するわけだが、その酸素ボンベの補給こそが隊員の確執を生み、その後さまざまに問題を起こした原因となる。

 この映画は隊員たちの群像劇であるが、物語の最後に至って主役は隊員最年少、当時24歳のワルテル・ボナッティであることに気付く。彼こそが登頂の立役者であったのだ。しかし、50年後に明らかになったその「真実」すら、ボナッティの主張に基づいているのであれば、私たちには永遠に謎の世界に閉じ込められた事実であるには違いない。


 「あなたたちは月を見ればロケットを打ち上げて征服しようとする。わたしたちは月を見ればその光に感謝する」という現地の人の言葉が印象深い。イタリアが国家の威信をかけて登頂したその事実は揺らがないが、「国家の威信」とはなんであったのか、そのことを今、静かに問い返すときなのではないか。

 雲に巻かれるK2の映像は美しい。しかし、山岳映画の撮影としては、木村大作監督の「剱岳」という超人技のものを見ているだけに、見劣りするのはやむをえまい。(レンタルDVD)

K2 - LA MONTAGNA DEGLI ITALIANI
120分、イタリア、2012 
監督: ロバート・ドーンヘルム、製作: マリオ・ロッシーニ
撮影: ゴゴ・ビアンキ、音楽: パオロ・ヴィヴァルディ
出演: マルコ・ボッチ、マッシモ・ポッジョ、ミケーレ・アルハイク、ジュゼッペ・チェデルナ