イスラエルで発表された小説をドイツ人が映画化する、これが戦後70年の世界なのだろう。第2次世界大戦下のポーランドで8歳のユダヤ人少年がたった一人で生き抜いた、という実話を小説にした原作を読んだ1955年生まれのドキュメンタリー作家のペペ・ダンカート監督が、映画権を自ら買い取った。ドキュメンタリー作家らしく、事実にこだわった作品作りになっている。
1942年夏から1945年春まで、ワルシャワのゲットーを逃げ出した少年がいかに戦時下を生き延びたのか。その壮絶な物語がポーランドの豊かな田園風景とともに描かれる。少年の名はスルリック。彼は父とともにゲットーを脱走したが、追っ手に追い詰められ、父が自らを犠牲にして憲兵の注意をそらしている間に森へと逃げおおせる。父は最後にスルリックに言った。「名前を変えて逃げろ。ユダヤ人であることを隠せ。けれど、ユダヤ人であることを決して忘れるな」と。
そしてスルリックはポーランド人らしい名前「ユレク・スタニャック」を名乗り、行く先々の農家で仕事をもらったり食べ物を恵んでもらうことになる。このころ、ポーランドの深い森は対独パルチザンの砦だった。ドイツ兵たちも容易に近づけない深い森の中で、逃亡した子どもたちが暮らしていた。その一人としてスルリックも農家の作物を盗んだりして生きていたのだが、やがてドイツ兵に追い立てられて子どもたちは散り散りとなる。いよいよスルリックのたった一人の道行(みちゆき)が始まる。厳しい冬をどうやって生き延びるのか? 食べ物はどうする? 暖かい寝床は? 何よりも、つらい孤独をどうやって癒すのか。
スルリックはたいそう賢く、勇敢な子どもだった。その面差しは愛らしく、かつ強い意志の力で縁取られていた。彼をかくまってくれる人もいれば、彼をドイツ兵に売り飛ばそうとする人もいた。さまざまな人々との邂逅を経て、彼は幼いながらも農家の仕事を覚えてたくましく育っていく。時には彼をかくまった人々の大きな犠牲も目にした。ユダヤ人であることを隠して生きるための術を教えてくれた親切な女性もいた。彼は教えられたことを忠実に守り、わが身を守った。
しかし、やはり子どもなのだ。ある日、農作業の途中で彼は器械に腕を巻き込まれ、片腕をなくすこととなる。その時に担ぎ込まれた病院の医師が「この子はユダヤ人だ。手術しない」と吐き捨てていく、その無慈悲さに、わたしの心が煮えくり返る。生命の危険にすら直面した彼をどうにかすくってくれたポーランド医師もいたが、結局は片腕を失くすこととなる。
スルリックを演じた子役がとても愛らしくまた機敏な動きを見せてたいそう魅力的だ。なんと、この役を双子が演じ分けているという。あとから振り返って考えれば、「そういえばなんだかアップになった時と野山を駆け巡っているときの感じが別人みたいだったような。。。」という気がしないでもない。しかし、そうと教えられなければこの役を双子が演じていたなどと一般の観客には絶対にわからないだろう。
100分余りの上映時間じゅう、この少年の強い意志と勇気と賢さに舌を巻きつつ、ハラハラして眠気も一切感じることなく見ていたが、最後に現在のスルリックが映ると、複雑な心境に陥った。今、スルリックのモデルとなった老人はイスラエルで子どもと孫に恵まれ、幸せな老後を送っている。彼はポーランドに残って生きるか、ユダヤ人として生きるかという選択肢を迫られたとき、わずか11歳であったにもかかわらず、ユダヤ人として生きることを選んだ。そしてのちにイスラエルに移住することとなる。
迫害を逃れたユダヤ人が新たな建国を夢みたイスラエル。その地での悲惨はまた別の話なのだろうか? こういう映画を見るといつも最後は「だからイスラエルという約束の地をユダヤ人は目指した。それが悪いことなのか?」という問いにわれとわが身を引き裂くこととなる。
スルリックの持ち前の明るさが人々に愛された。つらい話なのにユーモラスな場面もあり、緩急の演出も巧みな映画だ。どんなに親切にされても自分の出自を隠し通さねばならないというつらい身の上だった彼の心境を思うと、よくぞこの幼い子どもが耐え抜いたもの、と胸が詰まる。男の子が頑張る映画に弱い人にお薦め。
RUN BOY RUN
108分、ドイツ/フランス、2013
監督: ペペ・ダンカート、原作: ウーリー・オルレブ「走れ、走って逃げろ』出演: アンジェイ・トカチ、カミル・トカチ