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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

リアリティのダンス

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 ホドロフスキーの少年時代の回想であり、父の伝記でもある。ロシア系ユダヤ人としてチリにやってきた父と「オペラ歌手」の母との生活を描く。

 ホドロフスキーにとって父なるものはすなわちマチスモであった。父は共産主義者であり、スターリンの崇拝者だった。自らの崇拝者に似た横暴な権威主義者であった父は、右翼政治家であるチリの大統領にも惹かれてしまう。数奇な運命をたどった父の半世紀が圧巻だ。

  この映画は去年、1日5本立てを敢行した日の最後に見たもの。5本も見たのだからもうしんどくて爆睡必至かと思ったが、逆に本作は見ているうちにどんどん覚醒していくような映画だった。下品とかグロいとかいろいろ趣味に合わないこともあるけれど、映像のインパクトといい、記憶を辿る物語の時間の二重性をストレートに表した表現方法といい、実に斬新かつ意欲に満ちている。まったく老いを感じさせない、老監督の怪作だと感じた。 

 今回は長男Y太郎と一緒にDVDで鑑賞。2回目に見ると最初の時のような衝撃がない上に、なんだか展開が速く感じる。この寓意性はホドロフスキーのあざとさをよく表していて、やはりカルト的な監督なんだということがよくわかる。波乱万丈でいろいろ面白い仕掛けもある割にはテーマ自体はものすごくわかりやすくて、しかも最後にそのテーマを解説してしまうようなシーンを入れたのはいただけない。1回目のときには面白かったんだけれど、2回目に見るとちょっとがっかり。というわけで、2回目には評価が落ちてしまう作品であった。 

Y「わあ、ホドロフスキーらしいなぁ、この始まりかた」

私「お金が天井から降ってくる、というオープニングやったんか。忘れてたわ」

Y「粗い編集やなぁ。展開が速すぎひんか」

私「もたもたやってると4時間を超えてしまう作品やからねぇ」

Y「わああ、今の火事の場面、音と映像がまったく合ってない!」

私「そんな細かいことは気にしてないんでしょう」

Y「なんやねん、この母親は(笑)」

私「オペラ歌手という設定なので、いつでも台詞はすべて歌」

Yと私「わははははは(爆笑)」(どんなシーンなのか言えませんが、「いつでも」オペラです)

Y「ホドロフスキーはフリークを使うのが好きやな。「エルトポ」でも登場していた」

私「日本ではこういうのはNGだけれど、ヨーロッパ映画はなんでもありやね。独特の雰囲気を出すことに執着しているね」

Y「なんや、この場面はボカシか。なんであそこはぼかさない(笑)」

Y「(主人公の父親が伝染病に感染して激しい発疹と痙攣に苦しむシーンで、妻、つまり主人公の母が夫にまたがって、とある民間療法を試みる)うわーーー、この場面、つらいなぁ。これ、むちゃしんどい撮影やなぁ」

私「うん、あれ、ほんとにやってるよね」

Y「絶対にいややな」

 と、母子でいろいろしゃべりながらの鑑賞。 

 鮮やかな色彩と、その対比も見事なすすけた港町の風景が絶妙にマッチしている。鉱山の町だったホドロフスキー少年の故郷は、鉱石の積出港でもある。その港を舞台に異形の人々が現れては消える。少年ホドロフスキーに強烈なインパクトを与えていく彼らが後年の監督を作ったのだろう。感受性豊かな少年に大いなる影響を与えた不思議な人びととエキセントリックな両親。その物語にあっけにとられているうちにラストへ。摩訶不思議な御伽噺に酩酊のひと時を楽しみたい人のための映画です。

 ちなみに、アレハンドロ・ホドロフスキーの父を演じているのは監督の息子(長男だっけ)です。ほかにも二人の息子が登場。3人の息子がこうして父の映画に出演するなんて、なかなか父親冥利に尽きるもんでありましょう。

 

LA DANZA DE LA REALIDAD

130分、チリ/フランス、2013

監督・原作・脚本: アレハンドロ・ホドロフスキー、製作: ミシェル・セイドゥー、音楽: アダン・ホドロフスキー

出演: ブロンティス・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、イェレミアス・ハースコヴィッツアレハンドロ・ホドロフスキー、クリストバル・ホドロフスキー、アダン・ホドロフスキー