吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密

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 現在、過去、大過去、の3つの時制をめぐりながら、いつしか天才数学者の孤独と悲しみに胸をえぐられていく物語。かつて同じテーマを扱った「エニグマ」を見たときとは随分印象が異なる。そして「エニグマ」よりもはるかにこちらのほうが面白い。

 第二次世界大戦下のイギリスでは、ドイツ軍の暗号「エニグマ」に悩まされていた。解読のために政府の密命を受けた精鋭チームが結成される。若き天才数学者のアラン・チューリングやチェスのチャンピオン、言語学者など6人からなるチームは日夜暗号解読のために膨大なエネルギーを費やしていた。一人チューリングだけはチームワークを嫌がり、奇妙な機械を作り始める。その巨大な暗号解読機はコンピューターの原器なのだ。もちろんまだコンピューターというものを人々は知らないわけだが。

 チューリングは人嫌いでコミュニケーション不全、他者の感情に共感できない、などアスペルガー症候群の典型のような性格をしている。当然にもチームメイトからも疎ましがられる。そんな彼が、美貌の若き数学者をスカウトしたことから、彼女のアドバイスによって少しずつ変わって行く。彼女の名はジョーン・クラーク。ジョーンを通じて仲間たちと不器用ながらも打ち解けるようになっていくチューリングたちの様子が青春物語を見るようで爽快だ。「そうとも、これが青春だ! 俺たちはチームだ!」てなガッツポーズが頭に浮かんでしまった。やがてアラン・チューリングとジョーン・クラークは婚約するのだが、二人の関係にはどこか奇妙なよそよそしさがつきまとっていた。

 映画は巻頭、1951年のアラン・チューリングが警察に逮捕されて取調べを受けている場面から彼の回想へと繋がる。1951年のチューリングは犯罪者であり、1940年代の彼は天才数学者であり暗号エニグマを解読した英雄なのだ。しかしその英雄の努力も成果もすべては国家機密であった。エニグマを解読できたことによって終戦が2年早まったともいわれているが、その手柄を立てたチューリングの名は長らく秘匿され、彼は矯正が必要な犯罪者として人生を終えた。

 本作は悲劇の人チューリングの名誉挽回を狙ったものだ。中学校時代の親友に淡い恋心を募らせるアランの悲しい想いが暗号解読機にこめられていたことがわかるシーンでは、思わずじーんと来た。
 そして婚約者ジョーンとの婚約解消の場面で、「ふつうの結婚なんか面白くないわ」という彼女の先進的な思想がとても好ましい。どんなに優秀な女性であっても才能を認められなかったかつての時代、女性たちの悔しさを彼女もまた身にしみて感じていたのだ。そんなジョーンの優秀さに惹かれたアランの先見の明もまた好ましい。

 本作は世の中に受け入れられない自分、という自己認識に悩む一人の人間の苦悩の物語とも言える。ジョーンとの関係や交流はその苦悩を和らげるものだったのだろう。ジョーン・クラークの伝記にもまた興味がわいた。

 名演を披露する役者陣の中で、スーツ姿が輝いていたのはMI6の幹部を演じたマーク・ストロングだ。この人を初めて映画で認知したのは確か「ワールド・オブ・ライズ」ではなかったか。その時の高級スーツに身を包んだ精悍な姿にほれぼれした思いが蘇る。彼はそのときアラブ人役で登場したものだから、イギリス人俳優だったとはまったく気づかなかった。いまやすっかり禿あがっているようだが、そのハゲぶりも美しい。


 唯一、ベネディクト・カンバーバッチの顔だけが気に入らない。

THE IMITATION GAME
115分、 イギリス/アメリカ、 2014
監督: モルテン・ティルドゥム、製作: ノラ・グロスマンほか、原作: アンドリュー・ホッジェズ、脚本: グレアム・ムーア、音楽: アレクサンドル・デスプラ
出演: ベネディクト・カンバーバッチキーラ・ナイトレイマシュー・グード
ロリー・キニア、アレン・リーチ、チャールズ・ダンスマーク・ストロング