音楽だけは何度も何度も聴いた、名作と言われている作品なのに、今頃やっと見た。午前十時の映画祭、ありがたや。原作は発表当時読んだけど、松本清張の無骨な文体だから、あの小説からこんな綺麗な音楽をつけてもらえる映画が生まれるとは、と驚いたものだった。
結論ももちろん全部知っているのに、やっぱり最後は泣かされる。ハンセン病ゆえに故郷を捨ててお遍路に出る親子、なんていう時代錯誤の設定も「泣かせ」のためにある。チャイコフスキーもびっくりの、ピアノ協奏曲第1番に曲想がそっくりな「宿命」なんていう甘ったるい音楽もラストシーンの「泣かせ」のためにある。殺人犯の悲しい過去をほとんど台詞なしで見せてしまう、その場面と現在の犯人が得意の絶頂にある新曲発表の場面とをカットバックで描くというアイデアが公開当時、えらく受けていたことを思い出す。
allcinemaで誰かが指摘していたように、警察の捜査会議の席上で「順風満帆」を「じゅんぷうまんぽ」と発言した警察官がいたのにはのけぞりそうになった。なんで製作サイドが誰も気づかないの? 脚本には振り仮名を振ってやるべし。
ハンセン病患者の親と子がひたすら哀れで、幼い息子がどんなにいじめられても気丈に振舞う、相手をにらみつける瞳がよかったが、貧乏なのになんであんなに顔色がよくて丸々しているんだ? 逆境の中にあっても運命を自分の力で切り拓いてきた男の上昇志向が生んだ悲劇。しかし物語りはとってつけたような展開で、殺人の動機といい、犯人逮捕の手がかりといい、なにもかもがお話くさいのが鼻につく。
けなしてるのか誉めてるのかよくわからないが、この映画が大勢の人の涙を絞り、いつまでも「名作」と呼ばれるゆえんはよくわかる。説明口調の展開には思わず笑ってしまいそうになったが(劇場内では実際に笑っている人がなんにんかいた)、たいへんわかりやすい娯楽作でありかつ、ハンセン病差別への怒りも表出している。とはいえ、こんなきわどい作品をよく作ったものだ。この作品が公開当時、物議をかもさなかったのか疑問に思ったので専門家に尋ねてみたら、やはりハンセン病患者の団体がなんらかの抗議を行ったらしく、その結果、映画の巻末に「現在ではハンセン病は完治する病気であり、この映画のようなこともない」云々というテロップが追加されたのだそうだ。
ところで本作はアーカイブズ映画でもある。丹波哲郎たち警官が過去の記録(公文書)を丹念に調べ上げていく様子は、まさに「記録は個人のアイデンティティの証」であることを想起させる。戸籍謄本など、個人情報や家族制度的には大いに問題のある記録も含めて、公文書の大切さを実感させられた。
143分、日本、1974
監督: 野村芳太郎 、製作: 橋本忍 ほか、原作: 松本清張、脚本: 橋本忍、山田洋次、作曲・ピアノ演奏: 菅野光亮
出演: 丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、春日和秀、笠智衆、緒形拳、渥美清