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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ルートヴィヒ

映画

f:id:ginyu:20140106200615j:plain かのヴィスコンティの胃もたれ映画「ルートヴィヒ 神々の黄昏」を再現しようとするなんて。かつて、重厚感という言葉でごまかせないほど鬱陶しく重苦しい、長い長い三時間を拷問のように耐えたことを思い出しながら、しかしよく考えたらあの映画も後半はほとんど寝ていたな、と気づいた頃には、この新作にすっかりはまっていた。

 ヨーロッパ一の美貌と言われた若きバイエルン王もヘルムート・バーガーが演じたら説得力があるが、新人のザビン・タンブレアだと「誰この猿顔」と言われかねない危険をあえて冒した製作陣の目論見は成功したといえるかもしれない。

 主演タンブレアはルートヴィヒ二世の繊細なキャラクターを存分に演じて、見事な出来栄えを見せてくれた。巻頭しばらく感じていた違和感も物語が進むうちにすっかり消え、寵愛する作曲家ワーグナーのいいなりになりながらも平和主義者としての自説を通そうとする王の姿が神々しくすら見えてくるではないか。

 芸術や文化に何の理解もないどこかの首長と違って、芸術こそが世界を平和に導くと信じた若き王は時代をあまりにも先走っていたのかもしれない。彼が生きた19世紀後半は、ドイツ統一をめぐる戦争が続けざまに起こっていた時だった。

 王をめぐる悲劇は、芸術を愛するあまりに国家財政を破綻させてまで贅沢三昧な城を次々と建造したり、オペラハウスを作ったりといった、児戯のような純粋さがもたらしたものだったのだろう。心酔するワーグナーを宮廷に引き入れ、古参の重臣たちの意見を聞き入れずに対立を深め、やがて狂王として廃位されてしまう。四一歳で亡くなった時にはかつての美貌は面影もなく、太って歯の抜けた姿になっていたという。

 自分の理想に拘泥するあまりに理解者を失い、また同性愛者であることに罪悪感を抱く王は、常に精神的抑圧にさらされ、自らの殻の中に閉じこもってしまう。王であること、そのことが彼にとって最大の悲劇だったのだろう。王制は王自身を蝕む。不適格な職業について精神を病む、その悲劇は現在の日本でも見られることだ。

 本作はワーグナー生誕200年を記念して作られたドイツ映画であり、主役を食うほどの存在感を見せるのがワーグナーその人だ。彼は作曲家であっただけではなく、革命家であり、激烈な個性を持つ思想家であった。本作の見せ場はルートヴィヒとワーグナーという二大変人の愛憎のからみ。夢見る若者を食い物にしたワーグナーという老獪な人物の造形も興味深い。

 そして、お楽しみはなんといっても華麗なるロケ、荘厳なる城の数々である。浪費家ルートヴィヒのおかげで、今やドイツは美しい城という観光資源に事欠かない。時代の荒波に抗して平和を訴え続けた王の孤高の叫びが、今ならリアルに響く。銃よりも音楽。まさに。

※本稿は機関紙編集者クラブhttp://club2010.sakura.ne.jp/の「編集サービス」誌のために書いたものを元にしています。

LUDWIG II
140分、ドイツ、2012年
監督・脚本: マリー・ノエル、ピーター・ゼアー、製作: ロナルド・ミュールフェルナー、音楽: ブリュノ・クーレ
出演: ザビン・タンブレア、 ゼバスチャン・シッパー、ハンナー・ヘルツシュプルンク、 エトガー・ゼルゲ、トム・シリング、ポーラ・ビール