吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

グランド・ブダペスト・ホテル 

 

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ウェス・アンダーソンの作品は当たり外れの差が激しくて、これはどっちだろーとドキドキしながら見たところ、見事に「当たり!」。とはいえ、途中、ギャグがしつこくてだるくなり、少々寝てしまったが、それはそれとして大変楽しめたのである。個人的には大正解でありました。


 巻頭、豪華なグランド・ブダペストホテルの書割が登場した瞬間に、「やった、すごい!」と狂喜してしまった。この、作り物感満載の絵柄はどうよ。あとはひたすら御伽噺のような奇想天外なストーリーが展開する。わたしはこの映画をみながらガルシア・マルケスの小説世界を想起していた。しかし本作にヒントを与えたのはマルケスではなく伝記『マリー・アントワネット』で有名なシュテファン・ツバイクである。


 書割、ミニチュア、ピンクのホテル! なんて楽しいおもちゃ箱。映画はこうでなくちゃ。物語は中年にさしかかろうかという作家がグランド・ブダペストホテルに滞在中にそのホテルのオーナーから聞いた話を老齢になってから振り返って語るというややこしい構造になっている。伝聞の伝聞だからどこまで本当の話なのかすべてが眉唾。グランドブダペスト・ホテルの住所は東ヨーロッパの架空の国「ズブロフカ共和国」。なんと、わたしの大好きなズブロッカを思い出すではないの!とこれまた小躍りしていたら、やっぱりウェス・アンダーソン監督もズブロッカが好きなんだそうな。わが同志よ!

 
 して、物語は。スイスアルプスの麓にあるかのような、山肌に貼り付いた瀟洒なピンクのホテルはグランド・ブダペストホテル。ケーブルカーでホテルにやって来るのはヨーロッパじゅうの裕福な婦人たち。お目当ては伝説のコンシェルジュ、グスタヴ。彼のサービスを受けるためにやって来る大金持ちの中にはフランスの老伯爵夫人もいた。その伯爵夫人が何者かに殺され、グスタヴに遺産として一枚の名画が遺される。殺人犯に間違われたグスタヴは、ベルボーイのベルとともに犯人探しに乗り出した。さあどうなる、グスタヴの運命は?!

 
 物語は超スピードでめまぐるしく展開する。豪華なホテルに豪華な役者陣。殺された伯爵夫人が誰かに似てるなーと思ったらなんと、老け役に挑戦したティルダ・スウィントンではないか! 端役に至るまでよくぞ集まったと驚くばかりの有名俳優ばかり。数奇な運命をたどるグランド・ブダペスト・ホテルの歴史はそのまま(架空の国とはいえ)東ヨーロッパの現代史でもある。軍靴に蹂躙され、戦後は社会主義圏に統合され、国を亡くしたズブロフカ共和国。このホテルのかつての栄華をたどるとき、そこには「金持ち」「貴族」「上流階級」が現れる。やはりヨーロッパの文化を支えたのはお金持ちなのだ。残念ながらこれは歴史の事実。


 コンシェルジュの秘密結社まで存在するとは驚くべきだが、考えてみればヨーロッパでは古くからギルドと呼ばれる同業者組合があったのだ。近現代に職能組合、産業別の労組が生まれるのはやはり歴史が下支えしていることに思い至る。


 ハリウッド初期のスクリューボール・コメディへオマージュを込めたという本作はまさにスクリューボールのような変化球連発のめまぐるしいカメラ移動が楽しめる。その中で、シアーシャ・ローナンの演じた清らかな乙女が愛らしい一輪の花。


 おいしそうなケーキも満載、とても楽しいびっくり箱のような夢物語をお楽しみあれ。もう一度じっくり、DVDで細部まで拡大して見て見たい映画。

THE GRAND BUDAPEST HOTEL
100分、2013、イギリス/ドイツ 

製作・監督・脚本: ウェス・アンダーソン、製作総指揮: モリー・クーパーほか、音楽: アレクサンドル・デスプラ
出演: レイフ・ファインズ、F・マーレイ・エイブラハム、エドワード・ノートンマチュー・アマルリックシアーシャ・ローナンエイドリアン・ブロディウィレム・デフォー、レア・セドゥ、ジェフ・ゴールドブラムジェイソン・シュワルツマンジュード・ロウティルダ・スウィントンハーヴェイ・カイテルトム・ウィルキンソンビル・マーレイオーウェン・ウィルソン、トニー・レヴォロリ