吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ノア 約束の舟

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 旧約聖書の「創世記」にほんのわずかに描かれている「ノアの方舟」伝説は、子どものころからよく知っている。キリスト教徒でなくても誰もが知っているお話を、大スペクタクルで2時間を超える物語にできようとは、恐れ入った、ダーレン・アロノフスキー監督。この人の長編デビュー作「π」も大変風変わりで面白いので必見だが、この「ノア」も意外な展開にあっと驚く。ストーリー自体は伝説どおりどこにも変更がないのだが、その解釈が素晴しい。

 

 エデンの園を追放されたアダムの子孫であるノアは、ある日、大洪水がやってきて世界が滅びる夢を見る。それは、欲望にまみれた人間社会をリセットして世界を滅ぼし、動物たちを救えという神のお告げだった。ノアはその日から動物たちと自分たち家族を乗せるための巨大な船を作り始める。食料を奪い合い殺戮しあう人々を尻目に、ノアの箱舟は完成し、つがいになった動物たちも続々と集まってきた。ノアが語る大洪水などやってこないとせせら笑っていた人々をうちのめす大雨が降り始めた。間もなくやって来る大洪水の圧倒的な映像!

 

 なぜ神はノアを選んだのか。ノアにはセムとハムという二人の思春期の息子がいた。セムには恋人がいて箱舟に一緒に乗ったが、ハムには女がいない。エロエロモードの青少年は女が欲しくてたまらない。ここで一人の女をとりあって兄弟の血みどろの争いが起きるのかと恐れおののいたが、そうではなくて、次男の欲求不満は女をあてがってくれない父への反抗心となってむき出してくる。この家族の葛藤が実に興味深い。父であるノアは絶対的な権力をふるう家父長として君臨する。かれが神に選ばれたのは善人だからではなく、狂信者だからなのだ(予告編を見てわたしがノアを「アサハラショウコウ」と思ったのはあながち間違いではない)。現にノアが救ったのは動物と自分の家族だけであって、阿鼻叫喚の人々を見殺しにした。幼い子ども達まで洪水に飲まれたというのにノアは彼らを救わなかった。「使命」を果たす人間は結局のところ冷徹であり、むやみな同情心など持たない。善人どころか人非人である。しかもやたらに腕っぷしが強い。さすが「グラディエーターラッセル・クロウである(笑)。ちゃぶ台返し星一徹のようなDV父ノア、使命を果たすや飲んだくれになるところも一徹父さんそっくり。そんな弱さも見せるノアの意外な面もまた子孫である人間たちが引き継いでいるのだ。

 

 結局のところ、人類は生き直すとか新しい時代が来るとか言いながら、自己チュー人間ばかりでやり直すのだから、今の世界が自己チューだらけなのは当然であり、それはすべて先祖のせいである。というところも含めてこの映画は人間の原罪、とりわけ西洋人の原罪を描いて素晴しい。

 実際に箱舟を建ててしまったアロノフスキーの執念にも圧倒される。ぜひとも劇場でその巨大な船をご覧あれ。そして、ノアの子孫であるわが身を反省することもお忘れなく。

 ノアの子孫は全員近親相姦の結果である。これは手塚治虫火の鳥」の話にとてもよく似ている。というか、「火の鳥」が旧約聖書から援用したのだな。

 映画が終わってみれば全編これ現代人への大いなる批判と皮肉として受け取れる。恐るべき映画である。必見。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」紙http://www.club2010.sakura.ne.jp/service.html に書いたものの元原稿です)

NOAH

138分、アメリカ

製作・監督・脚本: ダーレン・アロノフスキー、製作: スコット・フランクリンほか、共同脚本: アリ・ハンデル、撮影: マシュー・リバティーク、音楽: クリント・マンセル

出演: ラッセル・クロウジェニファー・コネリーレイ・ウィンストンエマ・ワトソンアンソニー・ホプキンスローガン・ラーマン、ダグラス・ブース