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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

あなたを抱きしめる日まで

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 1950年代のアイルランドカトリック修道院では、未婚で子どもを生んだ若い母親たちを引き取り、奴隷のように労働奉仕をさせ、さらには彼女たちの子どもをアメリカの金持ちに売り飛ばすということを行っていた。この映画は、自分が生んだ子どもを養子に出されて五十年近くわが子の面影を求め続けた母が、ついに実際に子どもを捜しにアメリカまで渡る、事実に基づく物語。

 主人公フィロミナは50年前の1952年に未婚で子どもを生んだ。未婚の彼女を親は見捨て、フィロミナは出産の面倒をみてくれる修道院に入れられていた。フィロミナが生んだ可愛い男の子の名はアンソニー。だがアンソニーは3歳で突然養子に出され、フィロミナは別れの抱擁もできずにわが子と引き離されたのである。それから50年近くが経った。「今日はこの子の誕生日なの」と、古い写真を片手に涙を流す母フィロミナを見た娘は、初めて知ったのだった、母の過去を。娘は偶然知り合った記者マーティンに、「母の件を記事にしてほしい」と依頼する。やがてマーティンとフィロミナは子探しの旅に出ることとなった…。

 五十年後の現在、フィロミナは老人になっている。彼女は一日たりとて忘れたことのなかった息子アンソニーを思って遠い目をしている。映画は、現在のフィロミナと、若き日の彼女の姿を交互に映し出す。現在のフィロミナは何を思うのか、常にじっと何かを凝視する表情をしている。彼女の脳裏には3歳の息子の姿が刻まれているのだ。修道院でのつらい労働奉仕の毎日、一日に一時間だけわが子に会わせてもらえるその時間をどれほど待ち望んでいたことか! だが、ある日突然やってきた高級車に乗せられて、アンソニーは永遠に彼女の手を離れた。

 契約した新聞社に記事を送るため、また自身の野心もあってこの件に手を出した記者マーティンだったが、フィロミナと何度も小さな衝突を繰り返して旅を続けるうちに、すっかり擬似母子のような感情を抱くにいたる。その過程がとても自然で心地よい。フィロミナは楽しい女性だけれど、マーティンにとっては知性が劣った女性であり、俗物に過ぎない。だが、そんな考えがいつしかフィロミナを真剣に思いやる気持ちへと変わっていく。同時にジャーナリストの野心もやっぱり消えうせはしない。このあたりの人間くさい二人のやりとりがとてもリアルで緊張感があって、いい。

 アメリカでついに息子の消息を知ったフィロミナ。息子はレーガン政権の法律顧問であった。「わたしの元にいたらこんな生活はありえなかったわ」と、フィロミナは二回言う。わが子が豊かな生活を享受して出世したことを喜んでいるのかそうでないのか、その微妙な心が観客にも切なく伝わる。

 ネタばれになるのでこれ以上は書かないが、本作には「マグダレンの祈り」に描かれたようなことが次々とこの修道院で起こった、ということが表されている。マーティンの台詞にも「マグダレン」という言葉がある。この手の映画にはひねった演出は必要がないのだろう、この映画も実に誠実に起きた事実を描くことに傾注している。

 主役フィロミナを演じたジュディ・ディンチの味のある演技と、記者マーティン役のスティーヴ・クーガンの渋くてハンサムな中年役にはほれぼれする。

  

 「わたしはあなたを赦します」という言葉が心に響く。この作品が赦しを描いているとは予想もしなかっただけに、感動してしまった。「僕は怒っているんです」という記者の告発の言葉に、「それは疲れるわね」というフィロミナの返答が心に残る。子を求める母と、母を求める子の気持ちが合わさったとき、観客は感動に包まれるだろう。とはいえ、この映画はそれほど単純な感動を誘うようなものではない。フィロミナという女性の魅力と俗物性がそうさせている。そのリアルさがいい。

PHILOMENA

98分、フランス/イギリス、2013

監督: スティーヴン・フリアーズ、製作: ガブリエル・ターナほか、原作: マーティン・シックススミス、脚本: スティーヴ・クーガン、ジェフ・ポープ、音楽: アレクサンドル・デスプラ

出演: ジュディ・デンチスティーヴ・クーガン、ソフィ・ケネディ・クラーク、アンナ・マックスウェル・マーティン、ミシェル・フェアリー