吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

それでも夜は明ける

 

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 マイケル・ファスベンダーが目当てで見た。彼は冷酷な奴隷主を演じているが、マイケルが演じると、冷酷な人間のそこはかとない寂しさや弱さがにじみ出る。

 

 1841年から12年間、奴隷として虐待を受けた実在の自由黒人の物語。ニューヨーク州サラトガに住む黒人ソロモン・ノーサップはバイオリニストとして裕福な生活を送っていた。彼は生まれながらに自由黒人であったが、ある日突然誘拐され、奴隷として売り飛ばされてしまう。本名を失い奴隷となったソロモンは、自身の自由黒人としての身分を証明する手立てを失い、なすすべなく南部の農場に家畜同然に売られていく。プラットと名づけられたソロモンは大農園主のフォード(ベネディクト・カンバーバッチ)に買い取られ、温厚なフォードの元で有能さを買われて頭角を現す。しかし彼を目の敵にする白人大工(ポール・ダノ、こんな役ばっかりかい!)に虐待を受け、瀕死の状態にまで追い詰められる。情けない悪人顔がよく似合うポール・ダノ演じる大工に殺されないためにも、また借金返済のカタにソロモンはエップスという極悪非道な農園主に売られてしまう。エップスは広大な綿畑の持ち主で、徹底的に奴隷をこき使うことしか考えていなかった。しかも、有能な女奴隷パッツィに執心し、昼は彼女に男も顔負けの大量の綿摘み仕事で働かせ、夜はその身体をほしいままにしていた。ソロモンはこのエップスの元で鞭打ちの苦しさを知ることになる…

 

 ここに登場する白人たちは皆弱さを持っている。温厚な主人フォードも所詮は奴隷制度を支持する者だし、自分の都合次第で奴隷母子を引き離したり、ソロモンを売り飛ばしたりしてしまう。彼は良心の呵責に会いながらも結局は自分の弱さに負ける。人品卑しい大工は有能なソロモンに嫉妬のあまり彼を眼の敵にして、ソロモンに逆襲されるやソロモンの首に縄をかけて木から吊り下げるというリンチを行う。この場面は鬼気迫るものがあった。かろうじて足が地面に着く状態で何時間も吊り下げられるという苦しみを味わうソロモン、周りに居る黒人たちの誰一人として彼を救おうとしない。それどころか、平然と何事もなかったかのように時間が過ぎていく。黒人が殺されたり虐待されるのが当たり前の時代、当たり前の世の中。なんという恐ろしさだろう。その場面を淡々と撮るスティーブ・マックイーン監督の手腕に脱帽。

 そして、弱い人間はまたマイケル・ファスベンダー演じるエップスだ。彼はおそらく劣等感にさいなまれている人物なのだろう。あるいはそのことにすら気づいていない可能性もある。彼はひょっとするとほんとうにパッツィを愛していたのかもしれない。だが、その愛を素直に表現できずに彼女を鞭打ち痛めつけることしかできない哀れな男だ。パッツィに嫉妬したエップスの妻からの虐待もまたパッツィを絶望の淵に追いやる。こんな地獄の生活の中でいったい何を希望に生きていけばいいのか? 

 パッツィーの鞭打ち場面はこの映画のハイライトのひとつでもある。奴隷虐待のシーンはどれも恐ろしいが、背中を切り刻まれたパッツィーの叫びには観客の臓腑までその痛みが響いてくるだろう。 

 最後にソロモンは救い出されたけれど、彼が本当の英雄ならば、自分だけが助かって良しとするのは腑に落ちない。悪農場主の元に留まって、パッツィーを救うために闘うべきではないのか。残された多くの奴隷たちの視線が痛い。パッツィが哀れだ。 

 白人と結婚して豊かな暮らしができるようになったことを喜ぶ黒人女性の存在といい、この映画にはさまざまな矛盾がさりげなく描かれている。完全な善人は登場しないし、誰もがどこかに人を見下す弱さを持っていたり、声を上げる勇気を持たなかったりする。 

 プロデューサーの一人であるブラッド・ピットが最後に登場して、いい役を演じている。ちょっとずるいんじゃない?

 アカデミー作品賞ほか受賞。

12 YEARS A SLAVE

134分、アメリカ、2013

監督: スティーヴ・マックィーン、製作: ブラッド・ピットほか、脚本: ジョン・リドリー、音楽: ハンス・ジマー

出演: キウェテル・イジョフォーマイケル・ファスベンダーベネディクト・カンバーバッチポール・ダノポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、サラ・ポールソン、ブラッド・ピット バス

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