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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

レイルウェイ 運命の旅路

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 日英両国の元兵士の憎悪とトラウマ、そして和解へと至る物語。原作は主人公エリック・ローマクスが書いた手記で、同書は1995年にイギリスのノンフィクション賞を受賞している。

 映画「戦場にかける橋」でおなじみのクワイ河クワイ河は実在せず、映画の大ヒットにあやかって川の名前がクワイ河に変えられた)に架けられた鉄橋を建設したのはイギリス軍捕虜たちだった。この泰緬鉄道の工事は過酷を極め、虐待死した捕虜は1万人とも8万人とも言われている。

 映画は、1980年のイギリスから始まる。初老の男性の前の席に偶然隣り合わせた中年女性、二人は列車が目的地に着くまで楽しくおしゃべりを交わす。これが彼と彼女の出会いであり、ともに熟年だった二人がたちまちにして恋に落ちた瞬間の、心躍る場面だ。だが結婚した二人の幸せは長くは続かなかった。夫のエリックは毎夜のように夢にうなされ、叫び、涙を流して苦しんだ。心配した妻のパティに彼は何も語りたがらない。エリックの苦しみは戦場にあった。彼のトラウマとなった拷問、虐待、飢えと死、そのすさまじい記憶は戦後何十年経っても彼の元を去ってはくれなかったのだ。やがて軍隊仲間でともに生き残った親友フィンレイが、自分たちを虐待した日本軍将校が現在ビルマで寺院を建立して捕虜収容所記念館を運営していることをエリックに知らせた。あの苦しみをもたらした日本の若き通訳将校、ナガセ。彼は生きていたのだ。意を決してエリックはナガセに会いに行く。一日たりとて忘れたことの無かった日々、長い長い苦しみを与え続けたその張本人とたった一人で対峙する日がやってきた…

 

 エリックとパティが海辺でデートする場面はクロード・ルルーシュの「男と女」みたいで、ちょっとおしゃれ。この映画は全体にたいへん地味で、特にエリックの台詞が少なく、彼の内面はその仏頂面の表情からしか読み取れない。だから、この浜辺のデートの場面とか僅かなラブシーンが心にほっと安らぎを与えてくれる。

 

 顔のアップが多くて息苦しい映画でもあるので、見ているほうもしんどくなってくる。エリックが妻に何も言わずに一人苦しんでいる様子はいたたまれない。わたしがパティなら耐えられなかっただろうが、彼女はエリックを支え続ける。エリックを救ったのはパティであり、永瀬に会いにいけたのもパティがいたからだ。

 この作品をイギリス側からだけでなく、永瀬隆の側からも描いたらどうだったろう、と想像してみる。かなり長尺になりそうだけれど、二人を同等に描けば、いっそう被害加害双方の苦しみが際立ったのではなかろうか。それと、永瀬の事情がほとんど描かれないために、わかりづらいので、もう少し彼の側からの描写があってもよかったのではないか。わたしは永瀬がタイに住んでいると勘違いしてしまったが、実際には彼は日本に住んでいて、タイへは巡礼として137回も訪れていたのだった。

 音楽が印象的。緊迫感の高まりは音楽の効果が大きい。音楽にせよ、この映画はあくまでもエリックの心情に寄り添って作られている。永瀬の事情も描くべきと述べたが、エリックのみを描いたことが潔かったのかもしれない。彼が鉄道ファンであったこと、これが映画の中で一本の細く強い流れとなってさまざまな余波を生み出す。過去の拷問もパティとの恋も、彼が鉄道ファンであったことがもたらした結果であった。レイルウェイ、鉄路。それはエリックにとって、愛するあまりに苦しみへと変化(へんげ)したもの。やがて彼は戦後の泰緬鉄道でその苦しみをなぞり、苦しみから解放される日を迎えるだろう。そのとき、わたしたちは彼らとともに涙を流す。もう戦争は、二度と、二度と、してはいけない。憎しみ合う日々を繰り返してはならない。その思いを胸に刻んで。

The Railway Man

116分、オーストラリア/イギリス 、2013

監督: ジョナサン・テプリツキー、原作: エリック・ローマクス、脚本本: フランク・コットレル・ボイス 、アンディ・パターソン 、音楽: デヴィッド・ハーシュフェルダー 

出演: コリン・ファースニコール・キッドマンジェレミー・アーヴァインステラン・スカルスガルドサム・リード、石田淡朗、真田広之