吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

囚われのサーカス

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 劇場未公開作紹介シリーズ第三弾。
 ナチスホロコーストを斬新な手法で描いた作品。原作は小説ではないかと思いながら観ていたら、やっぱり。劇場未公開は惜しい作品。
 主人公のジェフ・ゴールドプラムはいつみてもハエ男に見えてしょうがない。ほとんど私の個人的トラウマの世界(笑)。クローネンバーグ監督の「ザ・フライ」の悪夢がいつでもふいに襲い掛かってくるのである。その不気味なハエ男ぶりを生かした配役となっている。


 ウィレム・デフォー演じるナチスの将校が強制収容所の所長としての権限を悪用し、特殊能力を持つユダヤ人マジシャンを「犬」として収容所内で飼う。その倒錯した二人のおぞましい関係が戦後も尾を引き、元マジシャンのアダム(ジェフ・ゴールドプラム)は精神を病んで、イスラエルの精神病院に入院している。砂漠の中に建つ病院施設は、ホロコーストを生き残ったユダヤ人たちを収容し、彼らのトラウマを治療する場所だ。その施設の医者、看護士、誰も彼もが一癖も二癖もある個性的な役柄であり、ひょっとしたらこの映画じたいがそっくり観客を騙す手口のそれではないかと疑い始めるほどに、わけのわからない話が展開する。映画全体が病んでいるのではないかと不安になり始めたころに、転回点が待ち受ける。自分を犬だと思い込んでいる少年が病室に監禁されていることを、アダムが独特の嗅覚で察知するのだ。何もかもが神がかっているアダムは、自由自在に病気になったり心臓を止めたり出血したりできる不思議な人物だ。


 こんなふうにストーリーを書いていくとそれなりにつじつまがあっているように思えるが、実際には映画は物語の冒頭から謎ばかりをちらつかせて観客を混乱させる。ミステリアスな展開で観客を引きこむたくらみである。アダムの過去も小出しにされていき、やがて全体像が見えてくる。どこまで暴走するかわからない不思議な話が、いつのまにか小ぢんまりと着地している点がやや不満だが、ナチスホロコーストを扱った物語はそろそろ「飽きた」ので、こういう不思議な描き方もあるのか、と斬新さに目を奪われた。戦争と虐殺のトラウマをいっぷう変わった演出で描く怪作といえよう。

ADAM RESURRECTED
109分、ドイツ/イスラエル、2008
監督: ポール・シュレイダー 、製作: エフード・ブライベルグ 、 ベルナー・ヴィアジング、原作: ヨラム・カニューク、脚本: ノア・ストールマン 、音楽: ガブリエル・ヤレド 
 出演: ジェフ・ゴールドブラム 、ウィレム・デフォーデレク・ジャコビアイェレット・ゾラー