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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

フォンターナ広場 イタリアの陰謀

映画

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 1969年の爆弾テロ事件、フレームアップの真相を探る意欲作。

 あまりにややこしくてわかりにくいからだろう、本編が始まる前に日本語で解説文が流れる。さらに、本編が始まってからも人物に説明の字幕が付く。なかなか苦肉のサービス作である。にもかかわらず、ややこしいことにはかわりがなく、人によっては集中力に欠ける作品で、わたしの周りに座っていた中高年観客はことごとく爆睡したみたいで、高らかな鼾が聞こえていた。

フォンターナ広場爆破事件は1969年に起きた。ミラノのフォンターナ広場に面して建っている全国農業銀行が爆破され、17人が死亡、88人が負傷したこの事件をもって、「イタリアは変わった」といわれている。「熱い秋」と呼ばれた学生たちの反乱の季節は終りを告げることとなる。

 本作は、そのフォンターナ広場事件の真相を追う。犯人に疑われたアナーキスト、ジュゼッペ・ピネッリと彼を取り調べたルイージ・カラブレージ警視が主人公。彼らは権力と反権力という対立する立場にありながら、互いに敬意を持っていたという。演じた役者がとても魅力的で、この二人の主人公たちに容易に感情移入してしまった。

 アナーキスト、右翼、社会主義者、イタリア大統領たち政権中枢部、警察、複雑にからまる利害と思惑。主な登場人物は20人を超え、彼らの立場が把握できていないと面食らってしまうだろう。しかし、そういった複雑な人間関係を含めて、からまりあった糸を手繰り寄せていく演出が見事だ。後半ぐいぐいと謎解きが進むと、いよいよ目が離せなくなる。政権中枢にはモロ外相がいる。この映画ではモーロと字幕表記されていたが、彼はもと首相であり、この事件後再び首相になり、後に赤い旅団に誘拐されて殺害されている(映画「夜よ、こんにちは」を参照のこと)。政権内部の頭の悪い人々のなかで、モーロ外相だけが際立って理知的なのが印象に残る。

 権力の内部に敵がいて、反権力の内部にも敵が居る。そして、味方は誰なのか、仲間のうちにではなく、敵の中に居るかもしれない。そんな複雑な面を描ききった点が、この映画の素晴しさだ。カラブレージ警視という権力者=警官を主役にして話を進めるジョルダーナ監督自身は左翼なのだから、フレームアップ事件を描く作品としてはふさわしくないのでは、と映画を見ながら感じていたのだが、最後になって、この筋立てが正しいことに思い至った。

 この映画には、正義を振りかざす人間ばかりが登場する。正義と正義がせめぎあい、そして人々が死ぬ。正義を競い合うことになんの意味があるのだろう。そんな中で、アナーキスト・ピネッリとカラブレージ警視は共に、自分たちの(組織や思想の)正義を疑うことを知っている知性ある人間として描かれていた。書店で二人が対峙する場面が印象深い。捜査する者とされる者が書店で互いに本を示しながら交わす会話。互いが信じる思想を批判する。社会主義国ソ連での人権抑圧を告発する本をカラブレージが指し示すと、ピネッリは「ソ連は好きではない」と返す。

 カラブレージを演じたヴァレリオ・マスタンドレアを初めとしてイケメンがぞろぞろと登場する本作は、わかりにくい筋立てにもかかわらず目が嫌がらずに画面に釘付けになるので、とってもよろしい。謎を追うだけではなく、主役たちの妻を登場させてドラマの部分も短いカットできちんと説明した手腕は見事だ。フォンターナ事件のそのとき、現場からわずか300メートルの地点に居合わせたというジョルダーナ監督が自身の運命と使命を自覚して取り組んだ渾身の作だ。左翼学生であったジョルダーナ監督はガルブレージの取調べを受けた経験も持つというから因縁を感じてしまう。

 

ハンナ・アーレント」は予習しておいたほうが楽しめる映画だったが、本作は事前情報なしで見るほうがいいだろう。

フォンターナ広場 イタリアの陰謀

ROMANZO DI UNA STRAGE

129分 ,イタリア、2012、監督: マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ、原作: パオロ・クッキアレッリ 、脚本: マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ 、サンドロ・ペトラリア、ステファノ・ルッリ 

出演: ヴァレリオ・マスタンドレア、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ミケーラ・チェスコン、ラウラ・キアッティ、ファブリツィオ・ジフーニ、ルイジ・ロ・カーショ、オメロ・アントヌッティ