吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

キャプテン・フィリップス

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 この映画は一回目に劇場で見たとき、不覚にも爆睡してしまった。緊張感にあふれた素晴しいできばえの作品だと感動していたというのに、途中で寝てしまったのだ。気がついたら船長が救出されていたので、「えらく展開が速いなぁ」と驚いたもので。アホです。で、われながら悔しかったので、年が明けてから二回目に挑戦。

「2009年にソマリア沖で海賊の襲撃に遭い人質に取られた後、アメリカ海軍特殊部隊“SEALs”によって辛くも救出されたアメリカ船籍マースク・アラバマ号の船長リチャード・フィリップス氏の回顧録『キャプテンの責務』をリアルかつ緊張感あふれる筆致で映画化」(allcinemaより)と、一言でいうとそういうことになる。はい、おしまい。

 いや待て、それではあんまりなので、ちと書くわ。

 さすがはポール・グリーングラス監督だけあって、緊迫感にあふれる演出には手に汗握った。

 爆睡した理由は、カメラが揺れすぎて目が疲れたから。そのことに今回改めて思い至った。グリーングラス監督のいつものやり方なのだが、これはいい加減にもう止めて欲しい。そろそろ固定カメラでじっくり撮る映画を作ってもいいのではないか。

 それにしても、海賊船というから髑髏マークを付けた大きな船が来るのかと思いきや、小さなボートに乗った4人ぐらいの人間だなんて。襲われる船のほうがはるかに大きいのになんで負けちゃうのか。ひとえに武装していないからなのだが、こんな映画を見ると商船も武装しろとか自衛隊が護衛に行けとか言いたくなってしまう。怖いね。

 この映画を見ながらひたすら考えていたことは、「わたしならどうする、自分ならどうする」ということばかり。「どうする、どうする、できるか、あんなふうにできるだろうか?」と自問を続けていた。危機に遭ってリーダーはどう振舞うべきなのか、リーダーたるものの資質は何か。船長の責務は何か、と問い続けた。わたし自身がリーダー像を無意識に追い求めているからだろう。自分が理想のリーダーでないことはよくわかっている。だからこそ、リーダーにふさわしい人間になりたいと願う。

 この映画では一人のリーダーの勇気と忍耐が描かれていると期待するが、実はキャプテン・フィリプスという人物は等身大の人間であり、ランボーみたいな超人ではない。もちろん彼はリーダーとして精一杯頑張っているし、その冷静な動きには感嘆せざるをえない。

 この映画で胸を締め付けられるのは、海賊4人のなかに十五歳くらいの少年が混じっていたこと。ほんの中学生ぐらいの幼い面差しの子どもが足に大怪我をして苦しんでいる様子はいかにも可愛そうで見ていられない。人質になったフィリップスもそう思ったのだろう、この少年の手当てをしてやり、その結果、少年の信頼や同情を得ることになる。フィリップスは少年に、「君はいくつだ、まだ若いだろう、投降しろ」と言葉をかける。その言葉には心底、少年に対する同情が宿っている。フィリップス船長にとっては息子のような年代の海賊だ。とてもやるせない。海賊たちは本業が漁師だと言うので、フィリップスは「海賊ではないほかの仕事をしろ」と説教するが、「アメリカならそれも可能だろう、アメリカならな」と返されて、継げる言葉がない。

 海賊事件の背景には先進国とソマリアとの貧富の格差や内戦問題など、簡単には片付かない問題が横たわっている。映画はそんなことをチラリとだけ描く。見る人にとっては「アメリカ海軍万々歳映画」に見えるし、別の人には「社会問題をさりげなく織り込んだ意欲作」と取れるだろう。

 

 トム・ハンクスは相変わらずうまい。この映画のフィリプス船長は決して超人的なヒーローではなく恐怖におびえたり泣いたりする、その様子がリアルで説得力があった。 

 海賊事件は今後も終わらないだろう。国際的な貧富の格差がなくならない限り、海賊は後から後から出現する。その事実に先進国は気づいているはずなのに、警察力の強化ということしか念頭にないのはどうしたことか。
 

CAPTAIN PHILLIPS

 134分、 アメリカ、2013

監督: ポール・グリーングラス、原作: リチャード・フィリップス 『キャプテンの責務』、ステファン・タルティ、脚本: ビリー・レイ、音楽: ヘンリー・ジャックマン 

出演: トム・ハンクス、バーカッド・アブディ、ファイサル・アメッド