2012年のベスト作品でレビュー積み残しをさらえていくシリーズ第3弾。
これは素晴らしい。
天才振付師ピナ・バウシュのドキュメンタリー映画を撮影している途中で本人が急死したために暗礁に乗り上げたという作品。なので完成した作品にピナ本人はほとんど登場しない。だが、それなのに、本人がほとんど登場しない伝記ドキュメンタリーであるにもかかわらず、素晴しい作品に仕上がっている。
まずはピナ本人のことをまったく知らなかったことを白状せねばならない。だからこそ、彼女の舞踏団の踊りには驚愕した。これほど前衛的で革新的なダンスがあったとは。台詞のない演劇と呼ぶほうがふさわしいような。肉体のすべてを駆使して表現するその踊りは、知性よりも感情を刺激する。怒り、悲しみ、苛立ち、不安、喜び、さまざまな感情を、全身をくねらせ、ねじり、跳躍することによって露わにし、観客を共振させる。
ヴェンダースの演出もまたピナの前衛的なダンスにふさわしいユニークなものだ。ピナが遺したヴッパタール舞踊団のダンサーたちの踊りを舞台から解放し、彼らをさまざまな場所において躍らせるという手法をとった。その場所はバスの車内、車が行き交う道路の端、公園、果ては露天掘り炭鉱跡、まで手当たりしだいである。砂でも水でもなんでも舞台に持ち込んだピナがダンサーたちに大きな負担を強いたであろう、その手法をヴェンダースもまた踏襲する。ピナの踊りは知性よりも感情を刺激すると書いたが、哲学的な思惟に富む作品もある。何を表現しているのか、言葉で語ってしまえばたちまち陳腐になるような思考・感情も、全身を舞踊という方法で自在に動かせば大きな感動を生む、その不思議に胸打たれる。
ピナ不在のピナの伝記映画には、彼女の弟子たちが愛情こめて師を語る言葉が紡がれる。そのインタビュー場面一つ一つが芸術的に凝った撮り方がなされている。昨今、ドキュメンタリー映画のような撮り方をする劇映画がはやっているというのに、このドキュメンタリーはその逆だ。落ち着いたカメラ、じっくりと対象を見据え、アップやロングを自在に使った撮影から、ヴェンダースがこの作品にかけた並々ならぬ覚悟や熱意が伝わってくる。
劇場で3D版を見なかったことが悔やまれる。もしももしも再上映の機会があればぜひ見に行きたい。
PINA
104分、ドイツ/フランス/イギリス、2011
製作・監督・脚本: ヴィム・ヴェンダース、撮影: エレーヌ・ルヴァール 、振付: ピナ・バウシュ、音楽: トム・ハンライヒ